お袋の味
今朝テレビを見ていたら、ご飯を作るのが苦痛という視聴者に、いろいろな冷凍チャーハンを買ってきて食べ比べをしてみては、とコメンテーターがアドバイスをしていた。
なんだかそれも楽しそう、と思ったのは、家庭の味がなくなりつつある今、そういった団欒や思い出が家族でご飯を食べることの意味になるんじゃないかと思うから。
うちの母の作る餃子はいろいろなものが入っていて、(ニラ、白菜orキャベツ、肉、ニンニク、生姜はもちろん、にんじん、椎茸、味噌、醤油、サラダ油、ごま、その他諸々)それも適当な分量で作る上に何かを入れ忘れたりすることもあったりして、いつも味が違っていた。それを、あ〜だこ〜だと言いながら食べていて、今思えばそれが楽しかった。今でも外でご飯を食べると、つい入っているものをあれこれ分析してしまうのはそんな歴史があるからだと思う。
ある時からそれがテレビで見たレシピに変わって、いつも同じ味になって、それはそれで美味しいのだけど、前のような会話はなくなってしまった。
母にしてみれば、そんなふうにあれこれ言われることがもしかしたらプレッシャーに感じていたのかもしれない。だけど娘にしてみれば、それがお袋の味で、なくなってしまったのがちょっと寂しい。