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“地獄”を見つめる勇気——ルイーズ・ブルジョワ展を哲学する

「中山美穂さんが亡くなる前に最後に訪れた」とされ、SNSでも話題となったルイーズ・ブルジョワ展。その副題は「地獄から帰ってきたところ」。思わずゾクッとする表現ですが、果たして本当に“地獄”なのでしょうか?

私は、ブルジョワの世界を“地獄”ではなく「人が抱える傷と再生の物語」と捉えたいと思います。東京・六本木の森美術館で開催された国内最大規模の回顧展をたどりながら、ブルジョワが作品を通じて問いかけるものは何か、そしてそこにハラスメントやトラウマ、再生への希望がどう織り込まれているのかを探りたいと思います。

“サバイバー”としての姿

ルイーズ・ブルジョワ(1911–2010)は、フランス出身でニューヨークを拠点に活動した現代美術の巨匠です。幼少期のトラウマや複雑な家族関係をエネルギーに、彫刻・ドローイング・絵画・パフォーマンスなど幅広いメディアで作品を発表。

「男性と女性」「受動と能動」「意識と無意識」といった二項対立、さらには「希望と恐怖」「不安と安らぎ」という心理的な対立までも、彼女は作品で探求し続けました。自らを“サバイバー”と呼んだ彼女の活動は70年にも及び、その魂の軌跡が今回の大規模個展に凝縮されています。

一方でこの個展が話題になった背景には、「中山美穂さんが最期に見た展覧会」というセンセーショナルな噂がありました。しかし、会場を訪れてみると、そこにあったのは単なる“地獄”ではなく、むしろ「苦しみを抱えながらも再生を模索する人間の姿」。まさに“ハラスメントを哲学する”私たちにとって、ブルジョワは「心の傷とどう対峙するか」を考える絶好の手掛かりになるアーティストといえるでしょう。

父の破壊。トラウマとハラスメントの根

ブルジョワが幼少期から抱えていた最大のトラウマは、横暴な父親の存在でした。父が家に住まわせていた愛人、母が見て見ぬふりをしていた状況。幼い彼女は父の言動に苦しみ、深い心の傷を負ってしまいます。いわば家庭が“ハラスメント空間”となり、誰も助けてくれない閉塞感がトラウマを増幅したのです。

本展の中でも衝撃的な作品が、1974年の《父の破壊》。真っ赤な照明に照らされ、乱雑に並べられた骨や肉片のようなオブジェが、洞窟に似た空間の中央に置かれています。幼い頃からの鬱屈を抱え続けたブルジョワは、62歳になってようやくこの作品を作り上げました。

「父親をどうしても壊したい」——それは、ハラスメントの加害者だった父に対する復讐の願望でもあり、“自分自身を取り戻す”ための決別儀式ともいえます。彼女は作品を通じて、長年見て見ぬふりをしてきたトラウマに正面から挑み、内面で抑圧されていた感情を解放したのです。

ハラスメントからの逃避と再起

「家を出たい」という切実な思いから、21歳で美術の道へと進んだブルジョワ。母の死や父への絶望を経て、アメリカ人の美術史家と結婚し、フランスを離れニューヨークに拠点を移しました。そこでは3人の子育てをしながら作品を作る日々。家事・育児との両立に加え、心の奥には拭えないトラウマが潜んでいます。

父の死後、ブルジョワは重い鬱状態に陥り、約10年間も創作から遠ざかりました。しかし精神分析を受けることで「自分の感情やトラウマと向き合う」道を選びます。ハラスメントの根源を掘り下げ、制御できない怒りや悲しみを“形”に変えるために作品を再開したのです。

再起の時期に生み出した作品群は、鬱屈から立ち直ろうとする強い生命力に溢れています。渦巻くような有機的フォルムは「過去の痛みと現在の自分」のせめぎ合いを表し、彼女が「止まることなく自己修復を続けていく姿勢」を映し出しているようにも見えました。


“母”の在り方をめぐる修復と再生のメタファー

ブルジョワの作品には、母親のイメージが何度も登場します。タペストリーの修復工房を営んでいた母親を、彼女は“スパイダー(クモ)”になぞらえました。クモは巣が破れれば何度でも糸を紡ぎ、壊れた部分を修復します。それはまるで、トラウマを抱えながらも自らの人生をなんとか繕い続けたブルジョワ自身の姿と重なります。

展覧会中には《青空の修復》といった自己修復を試みる作品も並びます。母性と不安定さが同居する姿や、青い布を糸で縫い合わせるようにして家族を修復しようとする必死の姿。傷つけられてもそれを何度でも“縫い直す”ことで生き抜いていくブルジョワは、被害者意識だけで終わらない“サバイバー”の力強さを作品に込めています。

この視点から見ると、ハラスメントに苦しんでいる人々への“あなたの傷は修復できる”というエールも感じられるのではないでしょうか。

 ハラスメントを哲学する——地獄から帰ってきた“強さ”

本展の副題は「地獄から帰ってきたところ」。ブルジョワの人生は“父親の横暴”という地獄から始まり、長い鬱状態という地獄を通過しながら、それでも最後は「自分だけの再生」を勝ち取った物語といえます。彼女は、“向き合うこと”と“修復すること”の大切さを一貫して語り続けました。すべてをなかったことにするのではなく、傷や恐怖を作品に変換してきたからこそ、98歳まで制作を続けることができたのではないでしょうか。

ハラスメントを哲学する上で、ブルジョワの姿勢は強い示唆を与えてくれます。加害者を過去に葬り去るだけでなく、その経験を作品(あるいは行動)に昇華することで「私は生き抜いている」という意志を表す。それはブルジョワ自身が言う“サバイバー”としてのアイデンティティでもあります。

“地獄”の先にある再生

「地獄から帰ってきたところ」という衝撃的な文言に惑わされがちですが、そこにあったのは怨念だけではありません。家族からのハラスメントによる深い傷を抱えながらも、作品を作り続け、傷を修復しようとする姿勢こそがこの展覧会の真髄なのです。


ブルジョワが描いた“地獄”は、内面の闇や父親の横暴、社会の抑圧といった、誰もが経験しうる傷のメタファーかもしれません。彼女は作品の中でそのトラウマを徹底的に見つめ、粘り強く修復する術を模索しました。そこから生まれた創作物が、私たちに「怖れてもいい、でもその傷をどう扱うかはあなた次第」と囁いてくるようです。

ハラスメントを哲学する——それは、ルイーズ・ブルジョワが自ら示した「傷と再生のプロセス」をどれだけ受け取るかにかかっています。もしわたし自身が傷つき、立ち止まっているのなら、ブルジョワの作品がそっと“雲”のように抱きかかえてくれるかもしれません。ぜひこの展覧会を通じて、彼女が地獄から持ち帰った“修復と再生”のエネルギーを感じ取ってみてください。

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大田勇希|ハラスメントを哲学する
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