平成オタクの自我を遡る|「絵チャ」は死語ですか?
※黒歴史注意
※カプ厨につきカップリング表現注意
数日前にyoutubeで「1925/とみーP(2009年のボカロ曲)」と再会してから平成オタクの自我がよみがえってしまった。誠に遺憾である。
大学時代までズブズブのオタクだった。小学生の時にうごメモを通してボカロやイナズマイレブンと出会ってから、ニコニコ動画で「歌ってみた」を片っ端から視聴し、DSiのブラウザ機能で狂ったように二次創作小説を読む生活が始まった。悲しいことに小学校卒業時にはすでに「完成」してしまっていたので、卒業アルバムの「好みのタイプは?」という欄に「狩屋マサキ♡」と書いた。人生に2周目があるなら確実にやり直したい場面その①だ。
中学生になると「学力テストで100点とったら1万円あげる~」という母との約束を果たし、見事勝ち取った1万円をアニメイトで溶かしきって当時運営していたアメブロにレシートの長さを自慢する記事を書いた(黒歴史)。他にも、その時おむかえした推しのかがみん(黒子のバスケの火神大我)ぬいを使い、コマ送りで「かがみんぬいの生活」を綴った茶番劇ブログを展開するなどした(大黒歴史)。人生に(以下略)確実にやり直したい場面その②。
高校生になると部活が忙しくなり、それまでほどはオタ活をしていなかったけれど、同性の恋人ができたことで「腐女子」→「百合もいけるカプ厨」に進化した。こんな形でヘキの守備範囲が広がるとは。
↓(同性との恋バナは他の記事にさらっとまとめてます)
大学に入ると、一番仲良くなった友人A(夢女子)の影響で夢もNLもいけるようになった。こうして私はカプ厨(完全体)となった。
他にも「あんさんぶるスターズ!」と「魔法使いの約束」にドはまりして、週8のバイト代は生活費以外すべてオタ活に消えていった。今は北海道に住んでいるので色々と諦めがつくけれど、当時は神奈川だったのでライブも展示会もコラボカフェも行けてしまうし、関西までなら夜行バスで日帰り遠征できちゃうので本当に良かった(良くなかった)。
半生にも渡るオタク生活はここまで。社会人になると周りが酒!カラオケ!キャンプ!スノボ!みたいな人種ばかりで、自然とオタ活から離れていったけれど。そんな会社も辞めて久しく、今は無職になって家にばかりいるのであの時消えたオタクの自我が戻りつつある。オタクって本当に楽しくて心が豊かで夢中になれて最高なので別にいいんだけれど。
オタクである自分の何が嫌って、文章がうすら寒いんだよな。いつもなるべく気をつけながらnoteをしたためているんだけど、それこそ「したためる」とか「誠に遺憾」みたいな少し小難しい言い回しとか、やたらと()が多くなったりとか、痛々しいセルフ突っ込みとか、そういうのを無意識でやってしまう。私の周りのオタク友だちもみんな小難しい言い回しの低音早口でここまできているので、今世はうすら寒い者同士で寄り合って楽しく生きていくしかないのかもしれないな。でもいつかは可愛い令和オタクの仲間入りができるように、まずは高音ゆっくりで話す練習から始めたい。
オタクなので勿論ペンタブを持っています。ド偏見です。
先日、低音早口友だち1号と「絵チャしよ~!」という話になり、「おえかきの森」で集まった。「絵チャ」も「おえ森」ももしかして死語か?
中学のときに買ってもらって以来、実は両手両足で収まるくらいの回数しかペンタブを使ったことがない。なぜかと言われると、長きにわたるオタク生活のせいで目だけが肥えてしまって、自分の下手な絵を見てられないからだ。八方塞がりすぎている。
でも今年こそ絵が描けるようになりたい!(退職したからヒマなので)無性に絵が描きたい!(本当はSPY×FAMILYのダミアンとアーニャのカップリングにハマったけれど二次創作が成長ifばっかりで物足りないから自分で創作した~い!)という本音と建て前のもと、友だちからの「絵チャ」の提案にのることにした。
結果、「ダミアン」「ドイツのネズミ」「稗田八方斎」「アーニャ」「マリオ」ができあがった。絵チャってジャンルのごった煮になって楽しい。
というか絵を描くこと自体が楽しい~!と思った。今はAIで簡単にイラストが創れる時代になったけれど、普通に絵を描くのが楽しいのと、シンプルにおしゃれさんだと思われたいから今年は「絵を描くのが趣味です」と言おう。今回はすべてお手本を見ながら描いたけど、今年のうちには自分で描きたいものを描けるようになれていたらかっこいいな。