病床の父に本を読み聞かせした話
3月は父の月命日なので、この時期になると父のことをよく思い出します。
父は職人気質で、会話で盛り上がるということはなかったけど、よく釣りに連れて行ってくれました。
孫たちの為に滑り台やブランコを作ってくれたり、器用で穏やかな父でした。
18年前、父は癌で亡くなりました。
最初に胃がんを患い、次に肺に転移。
入院していた父をお見舞いに行った時、私と会うのがこれで最期と悟ってか父から「お母さんのこと頼んだよ」と一言告げられました。
癌と闘って5年が経っていた頃で、痛みに耐え弱々しく一回り小さくなった父がそこにいました。
「わかった、心配しないで」と言ってあげたら父も安心できるとわかっていましたが、それを言うと父が生きることを諦めてしまうのではないかと怖くなり「頑張ってよ、お母さんの為にも頑張ってよ」と、言ってはいけない言葉を繰り返していました。
その翌日から父は薬でずっと眠ったままになり、会いに行っても顔を見ているだけで会話をすることができなくなりました。
看護師さんが「眠っているように見えるけど、耳は聞こえているからいっぱいお話ししてあげてください」と教えてくれたので、私一人で付き添をしていた時に、児童書の「ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ」を読み聞かせすることを思い立ちました。
14ひきのねずみシリーズの、いわむらかずおさんの作品です。
ご存じの方も多いと思いますが、↓の絵本と同じ作家さんです。
「ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ」は野生動物と人間との共生がテーマになっていて、廃線間近の最終列車の中が舞台です。
病床の父に読み聞かせる本になぜこの児童書を選んだのか、今はよく覚えていませんが、ひとりで苦痛に耐えて最期の時を迎えようとしている父と、この児童書のタイトルがリンクしたのかもしれません。
シリアスでどこかノスタルジックな余韻が残るストーリーなのです。
読み終わって父の顔を見ると、目尻からこめかみに向かって涙の流れたあとがありました。
泣いてしまう程の感動本ではありません。
ただの生理現象だとわかっていましたが、ちゃんと聞いてくれていたのかもしれないという奇跡を信じることに。
窓からは暖かな日差しが差し込み、静かな時間が流れていました。
私はベッド脇のパイプ椅子に座ったまま、本の表紙を父の方に向けて
「この前は頑張れって言ってごめんね」と、この時ようやく謝ることができたのでした。