創作|水槽
ある人が言った。
—実は、現実に存在すると思っている世界は、水槽の中の脳が見ている幻覚なのではなかろうか?—
僕の彼女は水槽の中にいる。
彼女は、ある日交通事故にあって身体がバラバラになり、焼け焦げてしまった。僕や彼女の両親はそれでも彼女に生きて欲しいと願った。どんな姿でもいいからと。
彼女の脳は培養液で満たされた水槽の中に入った。幾重もの電極で繋がれた彼女の脳は自らを四肢が揃った健常者そのものだと思い、生きている。
僕や彼女の両親が話しかけた言葉を電極を通して信号で伝え、彼女の世界の中にも存在することが出来た。彼女は自分の世界に何の疑問も抱いていない。ただ、現実世界では彼女は脳しかないのだ。
人間は脳である。それは心理かもしれない。
しかし、これは僕たちのただのエゴイズムの成れの果てなのだろうか。僕にはもうわからない。
ただ、彼女がどの世界でも、たとえ脳みそだけになったとしても意思の疎通が取れるのであれば、それでいい。