ママのこめんこシチュー
「ただいまー!すっごい良いにおい!!ママ、今日のよるごはんなぁに?」
小学校からおうちに帰ると、ドアを開けたそのしゅんかんからほかほかであまーい、とっても良いにおいがした。トン、トン、トンとママが包丁でなにかを切ってる音もきこえる。
体育のじゅぎょうが2れんぞくであっておなかがペコペコだったわたしは、玄関に立ち込める良いにおいにたまらなくなって、玄関でぬいだ靴もそろえずに、キッチンに急いだ。
「こら、舞ー?お靴揃えてないでしょう。靴を揃えてから洗面所で手を洗ってらっしゃい。」
ばたばたとキッチンに走りこんできた私に、ママは言った。おかしいな、げんかんにママはいなかったのに、なんで私がくつをそろえてこなかったことが分かったんだろう。
ママはいつもそう。学校の宿だいをしてるさい中にちょこっとお絵描きを始めちゃっても、すぐ気づいて、「お絵描きは宿題が終わってからよ?」って言う。ママに見つからないようにこっそり描いてたのに。「ママは背中にも目があるのよ。」って言ってるけど、いっしょにお風呂に入るときにママのせなかをよく見ても、どこにも目なんか見つからない。
「はぁい。」
ママのふしぎな力について考えながら、私はキッチンにランドセルを置くと、げんかんまで戻って脱いだくつをそろえ、せんめん所で手をせっけんの泡まみれにしながらきれいにあらった。
「手のひら、手のこう、指のまた~、手首とつめもわすれずに~」
これは、おててキレイキレイのうた。インフルエンザが学校ではやった時に、ほけん委員のいつきちゃんといっしょにつくった。このじゅんばんで手をしっかり洗うとインフルエンザにならないって、ほけん室の木村先生が言ってたから、うたにしたのだ。
そうして、きれいになった手をママに見せびらかすようにキッチンに戻ると、ママはぐつぐつと音を立てるおなべの前に立って、ぐーる、ぐーるとおなべの中身をかきまぜていて、私が戻ってくるのを見るとこう言った。
「おかえりなさい、舞。今日の夜ご飯はこめんこシチューです。」
「え、、、? しちゅー? ま、ママ!舞もシチュー食べていいの?」
うれしい!私は小麦アレルギーだから、シチューって食べたことなかった。いままでママが作ってくれたことはないし、学校のきゅう食でシチューが出るときはいっつも家からコンソメスープをもっていってた。玉ねぎ、にんじん、ブロッコリー、じゃがいもととり肉なんかを白いルーでぐつぐつににこんだホワイトシチューは、牛にゅうとバターと小麦粉でとろみをつけるから、舞ちゃんは食べちゃいけないよって、お医者さんに教えてもらったから。
「うん、これはね、小麦粉の代わりに米粉っていう、いつも食べるお米を機械ですりつぶして粉にしたものでとろみをつけるから、舞も一緒に食べられるシチューなのよ。」
「ほんとう? 本当に私も食べていいの?」
私、ほんとうはシチューってどんな味なのか、いっかい食べてみたかった。きゅう食でシチューが出るとき、ママがおうちからもたせてくれるコンソメスープもおいしいから、クラスの友だちには気にしてないふりしてたけど、ランチルームいっぱいに広がる牛にゅうのあまいにおいと、お玉ですくわれるやわらかくにこまれた具材たち、そしておなべのいちばん上にうかぶバターのかおりにいつもうっとりして、いつか、いつか一回食べてみたいなぁってずっと思っていたのだ。
「本当に食べれるよ、舞。ちゃんとお医者さんに、小麦アレルギーがあっても食べられるシチューの作り方を教えてもらったの。初めてのシチュー、楽しみだね。」
「うん!!!」
今日のよるごはんで、本当にシチューが食べられる!嬉しくてたまらなくなった私は、いつもはよるごはんを食べてからしか手を付けない学校の宿だいを、ものすごいいきおいでダイニングテーブルの上に広げた。「ママ、私きょう、宿だい今からやるね!」ってママにせんげんして、シチューができるまでに終わらせるぞっていきごんで、全そく力でえんぴつを走らせた。
やがて、宿だいの算すうのプリントのさいごのもんだいの答えがわかったころ、パパもおうちに帰ってきて、答えをかきおえた時には、ママが、「ご飯できたから、食べる準備して―。」って言った。
やっと、やっと、はじめてシチューが食べられる。パパと手分けして、おはしとスプーンとお皿とお茶のじゅんびをした私は、おどりだしたい気持ちのまま、せきについた。
「「「いただきまーす。」」」
三人で手を合わせると、私はさっそくスプーンをにぎった。そして、シチューを一口。
ぱくり。
大きなお肉と、ブロッコリーと、玉ねぎを、スプーンで上手にすくった私は、大きくあけた口にそれを運び、じっくりとその味をたのしんだ。牛にゅうと、玉ねぎは甘くて、お肉は、ちょっとこしょうの味がする。さいごに、バターのかおりが鼻をぬけて、ブロッコリーのコリっとした食感と、少しのしお味をおしゃれにかんじさせる。
あぁ、シチューって、とーってもおいしい。
「どう、舞。シチュー、おいしい?」
ママとパパが心配そうにこっちを見る。
私はにっこり笑って答えた。
「ママ、つぎの私のたんじょう日、私、よるごはんにこのシチューが食べたいな。」
たんじょう日のよるごはんは、いつもママにおきにいりのごはんを作ってもらうから、これで私がこめんこシチューをとってもきにいったって、ママにわかってもらえると思う。
「舞がこのシチューを気に入ってくれてよかった。舞、ずっとシチュー食べたがってたもんね。」
「うん!」
ほら、ママはわかってくれた。……って、あれ?私、ママにシチューが食べてみたいなんて、言ったことあったっけ?
「ねぇ、ママ?ママは何で私がシチューを食べてみたいって思ってるってわかったの?」
「ん?それはね、ママは背中にも目があるからよ。」
ママはふふふって笑って答えた。今日こそ、ママのせなかの目を見つけ出そう。
私は、シチューを食べながら、そう決めたのだった。
ママのこめんこシチュー
レシピ(6人分)
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