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初デートとサンドイッチ

 彼女ができた。人生初めての彼女だ。
大学1年生の前期、先生が座席を指定するシステムの講義で隣に座ることになったのをきっかけに仲良くなって、夏休み前に付き合うことになった。
彼女は小柄でおっとりしてて、高校までは勉強よりスポーツに力を入れていた俺の周りにはいなかったタイプだから、経験や考えの違いに、毎日驚いてばかりいる。
今日も、明後日の土曜日どこかに出かけようかと彼女と電話で話していた時、お互いの考えてたデートプランが全然違って超驚いた。
俺は、高校の友達がそういうデートばっかしてたからか、デートと言えばバッティングセンターとかスポッチャみたいな、体を動かす系の施設に行くもんだと思ってたし、彼女は、美術館とか、博物館とか、俺からするとなんか賢そうな感じの施設に行くもんだと思ってたらしい。

 そんな全然違うデートプランを思い描いてた俺らが選んだ初めてのデート先は、動物園だった。
俺らの通う大学の近くにある動物園は結構広いから、一周するだけでそれなりの運動量になるし、色んな動物がいるから、彼女の知識欲みたいなものも満たされるだろうということで、お互いがデートに求めるものをちょうどいい具合に満たしてくれるだろうと思ったのだ。
そして、彼女と出かけるときの楽しみといえば、そう、彼女の手作り弁当である。
高校の時、友達が昼休みにたまに彼女の手作りの弁当を食べてる姿を見て、俺もいつか彼女に作ってもらいたいと嫉妬の炎を燃やしたものだった。それがこの週末、ついにかなう。
 
 しかし今、時代は令和。弁当は彼女に作ってきてもらうものという考えはもう古い。今は家事ができる男こそモテる時代。俺は、彼女に家事もできる男であることをアピールするために、こういう提案をした。「それぞれ一人分の昼飯作ってきて、半分ずつ食べるのはどうかな?」と。これぞ良いアイデアというもの。彼女の手料理を食べてみたいという夢をかなえつつ、昼飯づくりという負担を二人で分担する。まさに新しい時代のデートと言っていい。
長年の夢がかなうとあって完全に浮かれた俺は、彼女との電話が終わった後、浮足立つままにバイトに行き、バイト先のまかないで夜飯を済ませ、踊るような気持ちで家に帰り、秒で風呂を済ませ、布団に飛び込んだ。
最近毎晩暑いからと先月のバイト代で買った冷感タオルケットなるもののひんやり感によって風呂で温まった体がちょうどいい冷たさになったころ、浮かれてた俺の頭も冷えた。弁当、何作ろう。

 二人で半分にしやすいものに限られるから、所謂弁当的なものは無理だろう。となると、母ちゃんが学校の運動会の時に作ってくれたようなやつが良いんだろうと思う。家族みんなが好きなものをつまめる感じで、彼女とも分けやすいだろうから。いなりずしとか、巻きずし、おにぎりとか、おにぎらずとか、サンドイッチ、ミニおでん、たこさんウインナー、からあげ……うまそうなものは山ほど思いつくけど、ここで忘れちゃいけないのが俺の料理スキルだ。炒めたり焼いたりはできるけど、寿司とか作ったことねぇし、揚げ物も彼女に食べさせられるほどおいしいものができるかはわからない。
となると、おにぎりかおにぎらず、サンドイッチのどれかだ。
どれも動物園の芝生の上で食べるにはちょうどいいメニューだけど、サンドイッチなら前日の夜に作って一晩寝かせた方がおいしいから、余裕もって作れるな。
布団の中で弁当のメニューを決めた俺は、そのまま目を瞑ってぐっすりと寝た。
 つぎの日の朝、バイトも何も予定のない俺は、朝からスーパーでサンドイッチの材料を調達する。作るのは卵サンドとチキンサラダサンドとチョコバナナサンドに決めたから、食パンを1斤、パンに塗るバターと卵を1パック、玉ねぎ、ピクルス、鶏むね肉にレタス、シーザードレッシング、そしてバナナ、チョコレートソースなんかを買ってきた。
家に帰った俺は、明日のために気合を入れてサンドイッチづくりを開始する。
卵をゆでている間に玉ねぎをみじん切りにして、レタスをちぎって水洗い。バナナも切ったら鶏むね肉に下味をつけて茹で、良く手を洗ったら鶏ハムを作っている間に食パンにバターを塗る。
まさに完璧な手際。こんなにスムーズにサンドイッチを作れるなら、いつかサンドイッチマスターとして世界に名を馳せるのも夢じゃない。そんなバカげたことを考えながら卵の殻をむきフォークでつぶし、その他材料とまぜてパンにはさんだ。卵サンドの完成だ。
うまいこと卵サンドを作った俺は、そのまま良い調子で他の二種類のサンドイッチも作り始める。
三種類作り終えた俺は、出来上がったサンドイッチたちを冷蔵庫に入れ、明日着る予定の服に汚れやシワがないことを確認したあと、明日行く予定の動物園の地図をネットで探して、どういうルートで回るかを考えることに時間を費やした。

 そして迎えたデート当日。俺は食べやすい大きさにカットしたサンドイッチを詰めた弁当箱を見て、可愛いものが好きな彼女に見せるには殺風景だなと慌ててミニトマトを弁当箱の端に詰め、彼女に食べてもらう前にこの素晴らしい出来のサンドイッチたちが夏の暑さで腐らないよう弁当箱のすべての面に保冷剤をくっつけて家を出た。彼女はおいしいって言ってくれるだろうか。

 動物園について、受付の前で待つ彼女を見つけた。花柄のふわふわしたワンピース。今日も俺の彼女がかわいい。通りすがりの人に自慢しようかな。見てくださいこちら俺の彼女、なんて花かは知らないが、服に書いてある薄ピンクの花が彼女の柔らかな雰囲気にぴったりマッチしています。あなたもそう思いませんか?なんて。
そんなことを考えながら彼女に話しかけ、一緒に動物園に入った。昨日考えてた道筋なんか全部吹っ飛んで、彼女が進むまま後をついて行って、ウサギがかわいいとか、ライオンがかっこいいとくるくると表情を変えながらはしゃぐ彼女を眺めるのに忙しかった。ここにいるどんな動物より君が一番かわいいよ、なんて柄にもないことを考えてみたり。
気づいたら昼飯の時間になっていた。何を持ってきたかは食べるまで秘密だって朝一番に約束したから、せーので弁当箱の蓋を開けるまで彼女の反応はわからない。俺の作ったサンドイッチは彼女に気に入ってもらえるだろうか。彼女と見合ってせーの!と叫び、蓋を開けた。

「わ!ふたりともサンドイッチ作ってる!おんなじこと考えてたんだね!」

 彼女の笑顔がまぶしい。違うところばかりの俺らだけど、食事のチョイスは合うらしい。
俺は喜びをかみしめた。


初デートとサンドイッチ

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