パパのフレンチトースト
毎月第2日曜日の朝ごはんは、お父さんの作ってくれるフレンチトースト。
いつからかはもう覚えていないけれど、私がもっとずっと小さかったころからの決まりごと。
私の顔よりも大きなボウルに、卵と牛乳、それからお砂糖をたっぷりと入れて、泡だて器でかき混ぜる。幼稚園生だった頃は、お父さんに混ぜる係を任されて、お父さんが分厚い食パンをナイフで四つに切ってる横で、ぐるぐるしゃかしゃかぐるぐるぐるって全身を使って一生懸命混ぜていた。ぐるぐるとかき混ぜているうちに、たっぷりのお砂糖がふわふわ、さくさく、ばしゃばしゃと溶けていくのが嬉しくて、隣にいるお父さんと、ダイニングテーブルに座ってこっちを見ているお母さんに見つからないように、ひっそり、こっそりとボウルの中身をぺろりと舐めるのが私の楽しみだった。
高校生になった今は、もう朝からお父さんと料理なんてしないけれど。それでも毎月第2日曜日は、フレンチトーストがフライパンの中でバターの海を泳いでじゅわじゅわと焼ける香ばしい匂いとともに1日を始めるのだ。
階段を下りてダイニングに向かうと、キッチンからお父さんの声が聞こえる。
「おはよう、さつき。今日も5個でいい?」
「おはよう、お父さん。今日は6個食べたいんだけど……ある?」
「おお、あるぞ。よく食べるようになって、成長期だなぁ。」
「昨日夜ご飯早かったからお腹すいてるの!」
ダイニングテーブルにはもうお母さんが座ってて、私とお父さんのやり取りをクスクス笑いながら聞いている。
「おはよう、さつき。よく寝れた?」
「おはよう、お母さん。」
お母さんはもう自分でパンをトーストしていて、ジャムをたっぷりと塗って角の所からサクサクと食べ始めていた。そういえば、毎月の第2日曜日、私とお父さんはフレンチトーストを食べるけど、お母さんはあんまり一緒にフレンチトースト食べてないような気がする。なんでだろう?
私は不思議に思って、お母さんに何でフレンチトーストを食べないのか聞くことにした。
「お母さんって、フレンチトースト嫌いだったっけ?」
「うーん、すごーく好きってわけでも、食べたくないほど嫌いってわけでもないわねぇ。」
「じゃあなんで、いつも一緒にフレンチトースト食べないの?」
「なんでって……もしかしてもう忘れちゃったの?」
「え?忘れちゃったって、何を?」
「あら、やっぱり忘れちゃったのね。」
「もう、だから何のことなの?」
「あなたが今16才だから、もう13年位前になるのかしら…。その時のお父さんは、すごく仕事が忙しくてね……」
そうしてお母さんが話してくれたのは、このフレンチトーストの日の始まりについてだった。
曰く、私が3歳になって、ようやく一人でご飯も上手に食べられるようになったころ、お父さんは仕事が忙しすぎて、週末家に帰れたらラッキーってぐらい、会社で働き詰めだったらしい。しかも、週末に家に帰れたとしても夜も遅い時間になるのが当たり前で、お父さんは毎週私の寝顔にしか会えなかったんだそう。そして私の方は、数か月ほど起きている時間にお父さんに会えない事が続いて、とうとう自分にお父さんがいることを忘れちゃったんだって。それで半年後にようやく仕事が落ち着いて、やっと起きてる私に会えるって空を飛ぶように軽やかな足取りでお昼に家に帰ってきたお父さんに対して、3歳の私はこういったらしい。「おじさん、だぁれ?」って。
「あの時のお父さんのショックを受けた顔ったら、今でも思い出せるわ。あなたが寝た後も、お父さん泣いちゃって大変だったのよ。」
お母さんはケラケラ笑いながら言った。
「えー、そんな小さいころの話なんて覚えてないよ。ていうか、それが何でフレンチトーストにつながるの?」
「そうそう、お父さん、あなたに忘れられたのが本当にショックでね。どうにかしてお父さんだってことを思い出してもらおうとして、帰ってきた日はあなたにパパしばらく一緒にいてあげられなくてごめんねごめんね、って謝り倒してたし、その次の日にはもう 一日中あなたから離れなかったのよ。」
「ふぅん?」
「それでね、朝ごはんにお父さんがその時覚えたばかりのおしゃれなフレンチトーストを作ってあなたに食べさせたら、あなたものすごく気に入ってね。あの人に言ったのよ、パパまた作ってね、って。」
「えー、そんなこと言ったっけ?」
「言ってたわよ、それでさらに続けて、パパの作ったフレンチトーストは全部私のものね、 なんて言うから、あの人ものすごく喜んで、それからずっと毎月第2日曜日にあなたにだけフレンチトーストを作り続けてるのよ。」
「えー、全然覚えてないや……。」
ふうん、このフレンチトーストって、それが始まりだったんだ。
全然覚えてなかったな。そっか、お父さん、3歳の私との約束をずっと守ってくれてたんだ。
私はなんだかくすぐったい気持ちになって、キッチンに向かった。久しぶりにお父さんと料理するのもいいかなと思って。
「お父さん、なんかすることある?」
13年も作り続けてるお父さんはだんだんフレンチトーストを作る腕にも磨きがかかっていて、今ではパンの周りにまぶした砂糖を炙ってカリカリにしたり、ベリーソースを添えたりと3つ星レストランのシェフ顔負けのフレンチトーストを作ってくれる。
そんなお父さんはキッチンにやってきた私に、卵と牛乳とお砂糖が入ったボウルを差し出しながら、にっこり笑ってこう言った。
「じゃあさつきには、これを混ぜる係をやってもらおうかな!」
「まかせて!」
私はお父さんからボウルを受け取ると、小さかった頃みたいに、お父さんの隣でぐるぐるしゃかしゃかとかき混ぜ始めるのだった。
パパのフレンチトースト
レシピ(2人分)
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