見出し画像

閻魔大王と私。~元占いアンチ、或いは悪役芝居のルーツについて~

こんにちは、生野忍です。
先日Ganache ProjectのYouTubeにて

「冥哭閻魔帳 エンマ少年は働き盛り!」シチュエーションボイス
「占い師は地獄に堕ちるんだぞ?」ラジオドラマ風ボーナストラック

の二本を公開いたしました。

冥哭閻魔帳


Ganache Projectに待望の少年キャラが加入しました。閻魔大王の傀儡、エンマ・アプリコット・スカルアニーです。

演じていて楽しかったし、幸せでした。「新キャラ」とは言うものの、こう見えて生野と閻魔大王は16年程の長い付き合いなのです。

今日はその思い出話や創作の編集後記として、ちょっとしたnoteを投稿いたします。

※西洋占星術の話もするのでご注意を!




山羊座と獅子座の火花。

ボーナストラックではエンマ×ドロシーの、
山羊座と獅子座のクインカンクス(インコンジャクト/150°)を表現したく。

※エンマが山羊座で、ドロシーは獅子座です。

一般的に観たら「エンマ、生意気で可愛いな」で済むところですが。獅子座的観点では「上から指図されたり」、況してや己が信じた道を他人に「許す」と言われるなど、「私のプライドが絶対に許さない!!」……という、喧嘩上等シチュエーションを演出していました。

一般的に、山羊座と獅子座って「相性が悪い」と書かれることが多いです。

これは前述したホロスコープのアスペクト、クインカンクスが基なのですが

(他の150°として例を挙げると、乙女×牡羊、獅子×魚、蟹×水瓶、牡牛×天秤……などです。但し牡牛と天秤は守護星が同じ金星なので、似ている部分もあります)

これらの組み合わせが、占星術ヲタクからすると
めちゃめちゃ萌えるカップリングなんですよね。(真顔)
そりが合わずに衝突してるとこ、可愛くないですか????

でも先に結論を申し上げると、「相性が悪い星座」など、存在しないのです。

自分と正反対な人を好きになったとして、意見が尽く合わなかったとしても。
そもそも相手と同じ思考回路が無い故に理解が追い付いていないだけで、ここでやけくそになって突っ撥ねない限りは、納得できる余地はぜんぜんある。(無さそうに見えるけど)

どんなに相容れなくても「こんな考え方があるんだ」「そこも素敵だ」と、ほんの少し歩み寄るだけでいい。自分と相手の性質を合わせたときに、なにか……ビッグバンような、他のカップルには真似できない支え合いや、特別な力が生じる。

これが、「クインカンクス」の関係なんですね。

エンマは、閻魔大王なので
中身はドロシーよりずっとずっと大人です。

ドロシーは、お屍乃の守護霊という設定なのですが、「守護」や「占い」の活動に焦点を当てるとまだまだ修行中の身。

また、獅子座は5番目の星座で、山羊座は10番目。
赤子と表現される牡羊座から始まり、死後の魚座に還る黄道十二宮の中では、山羊座のほうが精神的にお兄さんです。

「占いを許してはいけない」これは実際に在るブッダの教えです。要約すると「占いや予言で人を脅かしたり騙したりするのは良くないよ」という事なのですが。
現代占星術にそういった悪事を行う占い師は居ないにせよ、古い考えや勘違いから頭ごなしに“占い師”全般を否定されては、ドロシーは堪りません。
また、エンマもエンマで人を裁くという立場上、先人から提示されている「罪」の定義を蔑ろにできない。加えて、一度口に出してしまった以上引き下がれません。(実は山羊座も獅子座と同じプライド・王者の星です)

プライドをズタズタにされて這い上がってきた時のドロシーが、成長を信じ高みで待っていたエンマをどんな風に納得させ、手を取り合って「人々の癒し・救済」に貢献するのだろう…と、妄想を拡げながら相関図を組み立てていきました。

アンネッカは昔から気遣いができる子なので……よき橋渡し役になってくれるのでは?と期待しています。

バリバリの創作話を失礼いたしました。うちの子はいいぞ。
時間できたら小説でも書こうかな。



エンマの占い嫌いは、かつての私譲り。

生野は今でこそ占星術や卜占は、猛勉強して資格も持っていることもありプロレベルの知識(と旦那に言われるの)ですが、
子供の頃は元々占いアンチな思考も同時に抱いておりました。
「神も仏もねぇ!!」と思うほど生きることに絶望し、身動きできなかった時期が人生で幾度もあったためです。

どちらかというと、魔術やお呪いへの関心の方が強かった。
占星術やタロットも学びの延長線として触れていましたが、そこまで盲目的には成れず、心に余裕がある時と無い時とで「面白いな!」「やっぱり気に入らん…」を繰り返し、17〜19歳頃には本格的に学ぼうとしてその奥深さに一度挫折しています。

幼い頃の私からすれば、未来のことなんて知ったって現状起きている“不幸”は変わらないし。
何なら「こんな人生今すぐにでも辞めたい」ので未来には然程期待してないというか興味が無く。

(当時、占いは予言の類だと勘違いしておりました)

中でも手相で嫌な思いをしたことが多く、
私は全ての線が人よりめちゃくちゃ薄い上に生命線が何度も枝分かれしているので、メディア等で私と同じように線の薄い方が鑑定された際、
「幸が薄そう」や「早死にしそう」と
コメントを受けて笑われているのを観ると、本当に腹が立ちました。子供の頃は手相の薄さを家族に嘲笑されたことも。
(ゆえに、夢占いを除き、相占には未だ苦手意識があります)

獅子座が多くのメディアや書籍で「リーダー気質」や「承認欲求が強い」だの「自己顕示欲」だの、「人の気持ちを考えられない」と書かれているのも未だに気に入りません。

私だけでなく同じ太陽や月が獅子座の方においても、全然当たってない場合が多いからです。
(獅子のこれには理由があるのですが、またいつか解説します)
楽しく読んでいた参考書にこんなこと書かれていた暁には、もう幻滅。

獅子のみならず、全ての星座に思っていることですが、私の占いではそういった「嬉しくない決めつけ」や「人格の否定」を払拭したい。

西洋占星術においてはある種、反骨精神から学んでいた部分もあります。

シンボル的な意味で基礎性質や欠点が現れてくるのは仕方ないけれど、もっと優しく美しく、相応しい言葉や表現があるはずなんです。

……そんなわけで、エンマの「占い嫌い」はブッダの教えに沿う傍ら、生野自身の想いを反映した部分が多少ありました。

元占いアンチの生野がなぜ占いを学び仕事にし始めたのかは、別の記事にございますのでそちらに。途方もなくなると、人は、星に願いをかけるものなんですね。

尚、私は旧姓が仏教ですが、入籍後は義実家に合わせて神道になったので、今の時点で私の信仰に関しては“神仏習合”という形になっています。
ただ、私の祖母が熱心な仏教徒だったこともあり…

ブッダの教えが何処まで本当かは、神のみぞ知るところではありますが

ボーナストラックでドロシーが申し上げたように、現在の私は、現代占星術の方針に則り
「自分と同じように生きづらいと感じている人を笑顔にしたい」
をモットーに、命・卜を駆使したお仕事・活動をしておりますので。

エンマも許してくれるといいのですが。
死んでみないとわかりません。



現代生活を楽しむ閻魔大王を描きたい。

仏教や中国神話をモチーフとしているので
西洋文化に苦手意識があったり、英語が苦手であること、説教じみた喋り方をするのが、エンマの可愛いところです。

キャラクターデザインは私が行い、夫・香月清人が清書しています。

香月から「ラフが上手すぎる!可愛すぎて、俺にはこれ以上どうこうアレンジできないよ!」…と、立ち絵制作前に苦情がきたことがとても嬉しかったです(笑)

着物は気崩し、王冠はシルクハット風に。笏は禍々しく。結膜を黒にしたのは大正解でした。
うさ耳は私の趣味ですが、本人はこれを「地獄耳」と言い張ります。ピアスなんか着けちゃってワルですね。

閻魔帳で隠れて見えませんが、左耳にもピアスをしています。

着物のデザインはうちのリッチ/Actor137と、臼井の会のとあるActorのデザインを掛け合わせたものになっています。
大変気に入ってます。二人の息子か??って思いませんか?
残念ながら双方女性なので、その願いは叶えられませんでした。(?)


閻魔大王といえば、「閻魔帳」。
皆様もよくご存知かと思いますが、これは “死者が生前におこなった善悪を書き記しておく帳面” になります。

これを現代に持ってきたら、エンマはどのようなフォーマットにするのか?
​妄想した結果が、あのデコデコした帳面です。

表紙・裏表紙のイラストは私がラフで送ったものを、旦那がそのまま貼り付けているので…いつか全貌をちゃんと描きたいです。

私が手帳愛好家ということもあり、
最近のトレンド「手帳にシールを敷き詰める」「ワッペンを貼る」を、お屍乃がエンマに教えたのでしょうね、きっと。

バレットジャーナルも、私が毎日「ほぼ日weeks」で行っているとても便利なタスク管理方法です。
エンマは1月11日生まれの山羊座なので、
「仕事が大好き!」「苦労人」「コツコツ大器晩成」など、占星術的な観点から当てはめた設定にも活きてきます。

そしてここで一点謝罪したいことがございまして……
シチュエーションボイス内の「バレットジャーナル解説」にて、イラストの閻魔帳の書き方が横書きになっている点です。

エンマ的に、おそらく本来は縦書きでしょう。
申し訳ございませんでした。うっかり。

ただ、バレットジャーナルを縦で書いている人って稀ですので。「貴方(視聴者)にわかりやすく説明する為に」、エンマが敢えて横書きにした説でどうか治めてくださると有り難いです。


また、エンマの茶目っ気で私が気に入っているのは
責め苦の銅汁をタンブラーに淹れて飲んでいる」という設定です。

これも閻魔大王の生活を現代に持ってきた際に、責め苦はどうなるのか?と考えた結果生まれたものでした。

ホットコッパー」と称して
タンブラーを持ち歩いていたら、絶対に可愛いですよね。

※ホットブロンズ、と言いたいところですが、ブロンズは青銅のことなので、銅と表現する際正式にはコッパ―だそうです

ただ、閻魔大王の顔が赤いのは、こうした灼熱の銅を極卒たちに無理やり飲まされているからだそうなので。涼しい顔で美味しそうに飲んでいる場面は、まったく想像できませんが。


エンマ・アプリコット・スカルアニーの詳しいプロフィールはこちらにございます。

シチュエーションボイスやラジオドラマ内の地獄の概念については、一部創作が混じっているフィクションになります。予めご了承くださいませ。



閻魔大王との出会い・悪役への接し方。

13歳で初舞台(学内公演「赤毛のアン」)に立ち、
翌年の「杜子春」のオーディション時に、同年齢の男の子たちを蹴散らして
閻魔大王役を勝ち取ったのが、私と彼の出会いです。

初めての男役で、初めての悪役でした。

念願の男役ということもありとても思い入れ深く、彼にも勿論他の役同様、家族のような恋人のような……温かく愛しい感情を抱いておりました。大好きで仕方ありません。

そして、何より胸に刻まれているのは​​
「悪役を演じる」という背徳感と特別な愛を彼から教わったこと。

閻魔大王という存在自体が悪…と言いたいわけではなく、あくまで杜子春の作品中で悪の立場だった、という事はさておき

「彼を誰よりも理解できるのは、世界で唯一私だけだ」
「観客や登場人物に忌み嫌われたとしても、私だけは味方でいてあげよう」等々

今の私の、“悪役” に対する接し方・愛の形のルーツを築いてくれたのは、ほかでもない閻魔大王でした。



“生と死、輪廻、蘇り” が、私の人生のテーマなのかもしれない。

生野忍は、演じた役が作中でよく亡くなることに定評がございまして。
2017年に外画や朗読劇に出演していた時は、4連続で立て続けに役が亡くなり、舞台後のカーテンコール等で自らを「死神」と称していた時期がありました。

こういった巡りあわせも、かつて閻魔大王だった私の “冥府の王” たる魂が引き寄せた結果なのでは?と、今になって思います。

でもそれが、一度を除いて悪いことだと感じたことはなくて。
(勿論、お別れのつらさに慣れることは今後も無いと思いますが)

私の役のなかで初めに亡くなったBellknightのアンネッカは、最愛にしてとても衝撃的な死だったこともあり、今も尚未練が残っているのですけど。

それ以外は、作品内でヒトや生き物が亡くなるという大事件において
その子の死という絶望や深い「哀」が、
きっと誰かの心を突き動かす「愛」になるだろう…と
今の私は思えるようになったんですね。
その大役を共に担えるなら、地獄の果てまでも一緒にいくよ。と、心から伝えていきたいです。亡くなっていく私の可愛い役たちに。

……などと書くと、サイコパス味が滲み出るのでドン引きかもですが。
フィクションだからこそ冷静なのかもしれません。
ただ、母親が死んだとき葬式でまったく泣けなかった私は、どこか人の死についてドライだったり悟っている部分があるのかもわかりません。
(というよりもアンネッカの死が哀しすぎて、お蔭で他の死を乗り越えられた部分もあります)

そうそう、シチュエーションボイスの題にある「冥哭」は上記作品内の、アンネッカの通り名からとってきました。

エンマ、アンネッカのことよろしくね。


また奇しくも、両親の離婚を二度経験した私は、人生で3回ほど苗字変更イベントに遭遇したのですが(入籍を除く)、その中に「山」から始まるものがございました。
閻魔大王の前世の本名は「ヤマ」。
多くは無いですが、私の事を「ヤマちゃん」と呼ぶ知人も居ましたね。


それから、お世話になっているリーナ様のゲーム
「リーナたんの冒険RPG」にて
私のActor137/リッチが「閻魔神」という名前で登場しておりました。
初めて逢ったとき腰が抜けて、暫くして涙が溢れてきたのを覚えています。
ちょうどその頃、エンマのキャラデザに苦戦していたこともあり、「何がなんでも世に出さねば」と奮い立たせていただきました。
エンマのプロフィールページにある好物も、彼女の好物“ざるそば”に由来しています。


生きていると科学では説明できないような、不可思議なことが起きるものです。

基本的に人付き合いが苦手な一匹狼なので、過去には私のせいで去ってしまった友人も後を絶たなかったのですけれど。(これこそ獅子の「人の気持ちを考えられない」なのかもですが)

それでも、手を固く握ったまま離してくれない、温かい絆も存在するのだと、
アンネッカやドロシー、水蓮、エンマ達が教えてくれました。
名前には魂が宿るから、彼女らも特別な魔力を携えているのかもしれません。

ご縁は大切にしただけ帰ってきてくれるものだと、あなた達を見てて思います。どんなに離れても姿が変わっても、時を超えて会いに来てくれる、まるで輪廻のよう。

おかえりなさい、エンマ。

昔初めて演じた「閻魔大王」の面影もない容姿で、性格もずっと幼く唯我独尊、好色やんちゃ坊主になっちゃったけれどね(笑)


Ganache Projectはアンネッカを始めとした看板娘やマスコットキャラが多く、それを全員私が演じる形をとっておりますが、
「過去の宝物を、再度うちで生み出すことで補完する」という
なんだか不思議な団体になってきています。

太陽月水星が獅子座の、創作・表現欲求に加え、南月節・牡牛座の所有欲ゆえにこうなったのでしょうか。或いは、愛の5室にある冥王星蠍座の「再生・蘇り」の力なのかも。

いずれにせよ、私にとっての「幸せの在りか」を見つけられたのは、可愛いこの子達のお陰です。


実際の閻魔様は、本当に愛情深いお方です。

杜子春の閻魔大王も、鬼になぶられそうになっている両親の幻覚を無視した杜子春を見て、森羅殿も崩れる程凄まじい声で喚き立てます。

動画内で何度も申している通り、彼は地蔵菩薩様と一心同体なので。因果一如、先ず理由をしっかり聞こうと寄り添ってくださるところに、私は心底惚れているのです。

いつか逢える日を信じて、一生懸命に生き、死んでいきたいですね。


Ganache Projectでは「杜子春 ~女性が読む伝奇小噺~」として朗読ボイスドラマを出しており、そちらでも生野は約12年振りに閻魔大王を演じております。

16年前に演じた閻魔大王はこちらに近いものだったと思います。

よろしければご視聴くださいませ。


読んでいただきありがとうございます。

またいずれエンマのシチュエーションボイスを録ってあげたいな。ドロシーとのカップリングも好きなので、どんどん描いていきたいです。

Ganache Project 生野忍


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集