【読書記録2】三島由紀夫スポーツ論集(岩波文庫)佐藤秀明編
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
今回紹介する本は佐藤秀明編『三島由紀夫スポーツ論集』(岩波文庫)です。
本書は、三島由紀夫のスポーツに関する文章を集成したものです。各種スポーツや東京オリンピックの観戦記の他に「太陽と鉄」も収録されています。
本書を今読む意義はなんといっても東京オリンピックでしょう。まあ、今読む機会を逃しても本書の価値は軽減しないと思われますが。本書は全体で4つのブロックに分けられており、その中の1番最初のブロックが東京オリンピックの観戦記に当てられています。
次の文章は、三島が1964年の東京オリンピックの開会式を観たときのものです。
オリンピックの反対論者の主張にも理はあるが、今日の開会式を見て、私の感じた率直なところは、
「やっぱりこれをやってよかった。これをやらなかったら日本人は病気になる」
ということだった。思いつめ、はりつめて、長年これを一つのシコリにして心にかかえ、ついに赤心は天をも動かし、昨日までの雨天にかわる絶好の秋日和に開会式が開かれる。これでようやく日本人の胸のうちから、オリンピックという長年鬱積していた観念が、みごとに解放された。式の終りに大スタジアムの空を埋める八千羽の放鳩を見、その翼のきらめき、その飛翔のふくらみを目にしたとき、私は日本人の胸からこうしてオリンピックという固定観念が、解き放たれ、飛び去り、何ものかから癒されたという感じがした。もっとも、放たれた鳩の一羽が、一向飛び立とうとせず、緑のフィールドに頑固にすわっていた。こういう鳩もあっていい。
ちなみに、赤心(せきしん)は「うそいつわりのない心、まごころ」という意味で、放鳩は「ほうきゅう」と読み、本書ではルビが振られています。この短い文章からでも、三島の豊富な語彙を窺うことができます。
三島由紀夫の小説は読んだことがあるけれどあまり楽しめなかったという人もいるでしょう。また、敷居が高く小説には手が出せないという方もいるでしょう。しかし、三島の随想は比較的読みやすく、三島は小説よりも随想の方が面白いと言う人もいます。やはり、随想では三島の名文家の一面が色濃く出るからだと思います。次は、本書での体操に関する文章です。
体操ほどスポーツと芸術のまさに波打ちぎわにあるものがあるだろうか?そこではスポーツの海と芸術の陸とが、微妙に交わり合い、犯し合っている。満潮のときスポーツだったものが、干潮のときは芸術となる。
斯様に美しい文章をいとも簡単に書かれると、こちらとしては文章を書く気が失せてしまいかねませんが、『三島由紀夫スポーツ論集』は、三島の文章を読む愉しみに浸るということが何よりも贅沢な時間なのだと感じさせまる作品になっています。
本書が面白かった人は、こちらもぜひお読みになってください。
『三島由紀夫スポーツ論集』は、文章を書きたい人も大いに参考になる本だと思います。今回は以上です。