スマホの基本無料ゲームで引き直しバグが発生し、炎上に巻き込まれてプレイヤーと開発者の仲裁に入った話
最初に
小規模(といっても20万DLを超えている)運営のスマートフォンゲームが炎上が発生し、そのプレイヤーに頼まれて開発者と運営者の仲介に入るという珍しい経験をしたので、似たような事例があったときのため、事の経緯を共有しておく。
なお、本稿での「ソシャゲ」とは、運営型のスマートフォンゲームの略とする。
事の起こり
「自分が運営するゲームで返金するとしたら、どうすればいいだろうか」
2023年2月26日、個人でソシャゲを運営する『放置系ハクスラモンスターズ(以下、スラモン)』の開発・運営を行っている開発者、アズマゴローさんから穏やかならぬ質問があり、自分の知るところを回答した。
やや暗い雰囲気で心配ではあったが、私も仕事で手一杯だったので「下手に動いて関係者になったら、仕事が破綻するので頼まれるまで関わるまい」と心に誓って仕事に戻ったのであった。
それから4日後。
わずか4日で私はこの問題のど真ん中に立つ関係者となっていた。
開発者と不具合を追及するプレイヤー会の代表の間に立ち、『スラモン』公式Discord(参加者2000人以上!)のボイスチャットで公開トークを行い、この問題について作者に説明不足があれば説明し、問題のある個所は追及するというイベントの司会兼業界のお約束を説明する係になっていたのである。
スラモンを追及するプレイヤーの会からの連絡
「関わるまい」と思った2日後、Twitterで『スラモン』の不具合を問題を追及するべく結成されたプレイヤー集団の代表者からDMを受け取った。
まさか、ブログの読者から頼まれるとは。これが本当だったら見過ごせない。
「あなたのブログを見て始めたのに、問題を知らんぷりするな」論法は、割と効く。ということで、いきなり知人と敵対する側の依頼で問題に関わることになってしまったのだった。
スラモン不具合を追及する会から聞いたスラモンの状態
プレイヤー集団に正式な名前はないが、ここでは仮に「不具合を追及する会」としておく。同会から伝えられた理解できるよう、先に『スラモン』のゲームの内容を軽く説明しよう。
『スラモン』は放置ゲームの一種で、モンスターにダンジョン探索(以下、クエスト)の指示をすると現実時間の経過に応じて探索が進み、ランダムにアイテム(装備、新キャラなど)を獲得できるRPGだ。クエストに出かけてアイテムを得て、そのアイテムでパーティー強化を続けるゲーム、と思ってくれていい。PvPは存在しない。
クエストが1回終了したまま放置すると「放置周回(以下、自動クエスト周回)」という仕組みが利用できる。自動クエスト周回を選択すると、その後に放置した現実時間に応じて周回数が決定し、一瞬で同等のクエスト報酬を受け取れる。
例えば、5分でクリアできるクエストで自動クエスト周回を選択し、30分後に報酬を受け取ると6回周回したときと同じ報酬を受け取れる。
で、そんなゲームにおいて以下のようなことが発生していると、不具合を追及する会から連絡があった。
これらを公式Discordで指摘しても反応がないという。たしかに、ひどいことが起きているように見える。事実なら大変なので、仕方なく調べることになったわけだ。
調査の結果、報告通りのバグがあった
調査の結果すべて事実であることは確認できた。バグは、以下のようなものであった。
スラモンの自動クエスト周回実施から報酬アイテム受け取りまでのフローは以下の1~3の順番になる。
2番の処理時、限られたタイミングでアプリを終了すると1番に戻ることができた。獲得アイテムが見えた段階ではスキップアイテムの消費は3番で行われないので、1番から再開すると引き直しができてしまっていたわけだ。
「クエストスキップ時に、望みの報酬が出なかったときにやり直しできる」、「やり直し時に同じ行動をとれば同じ報酬が手に入るが、違う行動をとれば違う報酬がドロップする」ことも確認できた。つまり、スラモン不具合を追及する会の言うとおりだった。
だが、調査を通じて「これは、開発者がわるいわけではなさそうだ」というのも感じ取れた。
これ、「乱数ずらしバグ」だ!
勘の良い方はもう気づかれているかもしれない。
自動クエスト周回のやり直しバグは、RTAなどでよく利用される「乱数ずらしバグ」に挙動が似ている。
コンピューターは完全なランダム抽選ができないので、SEEDと呼ばれる値をベースに「人間にはランダムに見える決まった数列(乱数数列)」を出し、疑似的なランダム抽選処理を行う。
決まった処理をもとに抽選を行うので、同じSEEDを使うと同じ抽選結果になる。これを利用して、特定の抽選に行く前に微妙に行動をずらすことでランダム抽選が望んだ結果になるように調整できるバグ(というか仕様)だ。
例えば、ゲームで特定行動をするとSEEDの値で「A、B、C」の順で抽選結果が出るとする。プレイヤーは福引のときにCが当たって欲しい。ならば、少しランダムに効果が変わる回復魔法などを2回使うと抽選が2回行われ、次の抽選結果は必ずCになる……みたいなテクニックだ。
また、オフラインでもプレイ可能なランダム抽選ありのゲームの場合、重要アイテムが当たる抽選に関してはSEED値を決めておき、サーバー通信したときにプレイヤーの行動とSEED値を参照してオフライン処理で不正が行われていないか確認することもある(同じ行動をすれば同じ抽選が行われるように先に抽選の種を決めてローカルで処理し、不正がないかはサーバーで同じ処理をして確認するわけだ)。
『スラモン』はオフラインで一定時間プレイを許諾していることもあり、同様のSEED値のキメを行ったゲームで、そこに「乱数ずらし」ができる不具合が発見されてた可能性が高い。つまるところ、作者が意図的に不正をしている可能性は低かろう、という印象だった。
また、次に書く不正を追及する会が追及して欲しがっていた内容もまた、的を外していた。
不具合を追及する会が追及していた内容は、ほぼ問題ではなかった
さて、バグを受けて「不具合を追及する会」が懸念として私に伝えた『スラモン』の問題は以下の内容だった。
Aについては確かに「間接的なガチャと言える」だろう。
しかし、間にプレイが挟まるものに関してドロップ確率を表示することは業界的にまずないし、『スラモン』はブーストチケットを極めて限定的にしか販売していないし、スキップのための放置時間(ほかのゲームで言うスタミナか?)は買えない。よって、スタミナ売りのゲームと比べても「これは有償ガチャ」というには厳しい。
これを元に考えるとEの確率表示を強制する根拠はない。やるとしたら開発者やゲームの方針次第だろう。
Bについては、有償ガチャであってもゲーム的にいつ抽選を行っても、それがランダムであれば「先にランダムドロップの抽選を行ってプレイヤーの要求があってから割り当てる」のも、「プレイヤーがランダムドロップの抽選を要求したときにランダムアイテムを算出する」のも問題ない。
有利誤認・優良誤認という言葉が出てきたが、「表示にあるドロップが出現しないことが定まっていても、抽選の元を決める時点ではランダム」であれば表示は特に問題ない。
「バグを使ったプレイヤーが当てたと公式Discordなどで言って、それをもとにダンジョンに潜ってブーストチケットを使ったプレイヤーがいるので騙された人もいる」といっていたプレイヤーもいたが、それはバグを使ったプレイヤーが主に悪いので、開発者の責任を問いすぎるのも可哀そうというもの
だろう。
Cに関しては、可能性がある。ただし、それは「プログラムを全部中身を見たらもしかしたらやっているかもね」という話であり、今回のバグとは全く関係がない可能性が高い。
Dに関しては、可能性はある。
しかし、「レアドロップ率が上がる=結果が良くなることを保証する」ではなく、超レアアイテムは2倍になろうが当たりづらいだろうし、レアアイテム確率が2倍で安くても1回、2回の結果だけ見るなら通常時よりドロップが悪いこともありうる(ランダムとはそういうものだ)。
確率がある程度収束する規模で検証しれば出てくるかもしれないが、後述の調査時に問題を感じている人がほぼいなかったので、おそらくバグ発覚から出てきた不安、というレベルだろう。
Fについても追及する会側の分が悪い。
「バグ検証」といえば聞こえはいいが、単にバグを使っているだけなので検証と悪用はプログラム上で見わけがつかない。バグがある発覚した時点で検証作業はやめるべきだし、バグが報告されたあとでBANが始まったのであれば作者が対処している証拠なので、様子を見たほうが良い。
実際、このメールを受け取った後に開発者から説明があり、「バグが発覚したので検知処理を追加し、バグの常習者をあぶりだしてBANするために告知が遅れた。検証程度なら順次解除していく」という内容のお知らせが出て、この件については終わった。
さて、冷静にみると「取り越し苦労」で終わる話だが、公式Discordではこれを主張するプレイヤーたちにより炎上していた。
この主張をする人たちは、頭がおかしい……わけでもなく、調べてみるとまた別に「なるほど」という騒ぐだけの理由が見えてきた。
ドッカンバトルとFFBE幻影戦争の傷跡が、スラモンを炎上させた
こういった問題を取り扱うとき、被害者の主張だけを取り入れると問題が起きるため、一般プレイヤーにも聞き取りをしないといけない。
ということで、『スラモン』被害者の会に所属しないプレイヤーにもそれなりに聞き取りを行っていた。
聞いてみると、「言いがかりで炎上させず、早く終わって欲しい」と思っているプレイヤーも多かったが、消極的な賛成も含めると開発者を疑っているプレイヤーも結構いたのである。出てきた理由は以下のようなものだった。
・『FFBE幻影戦争』では、順番の決まったテーブルガチャで措置命令を受けた。つまり、順番が決まっているスラモンも問題があるのではないか?
・ドッカンテーブルなど、なんとなくテーブルを使っているものに悪い、消費者庁に怒られるものであるイメージがある。つまり、『スラモン』も悪いことをしているのではないか?
・よくわからんが、不正をした人が取り締まられないのは嫌だし、不正プレイヤーが得した分は埋め合わせて欲しい。
特に印象に残ったのは、『FFBE幻影戦争』のプレイヤーの話だった。
『FFBE幻影戦争』では、ガチャ結果に決まった順番があり、多くのプレイヤーのガチャを引いた結果が同じという騒ぎがあった。当時PRを行ったファミ通のDiscordがあり、そこでファミ通スタッフにそれを訴えたが無視され、それでも文句を言った末に消費者庁から『FFBE幻影戦争』に対して措置命令が下された経緯があった。
つまるところ、ゲームメディアは基本的にプレイヤーの味方ではないから、疑わしきことは全力で戦って国が動くまで騒いだ方が良い、という学習である。
『ドッカンバトル』の問題にしても、『FFBE幻影戦争』の問題にしても結局は伝えるのがゴシップ系メディアやまとめサイトで、プレイヤーが情報を知りたいとしてもせいぜい「消費者庁が~」「公式発表が~」といった程度で、何が良くて何が悪かったか伝えるメディア記事はほぼない。
結果、プレイヤーたちの知識は「まとめサイト」「〇〇のやばい理由系Youtuber」などのいい加減な解説で止まっており、今回も「ゲームの運営を追及する人はいないので、まずそうなことがあるなら騒がないと有耶無耶にされる」「もしまずいことがあったら、騒いでおかないと正されない」という学習があったようだ。
騒がないと消費者庁も動かないから半分は正しいのだが、それが「(本来問題ないが)なんとなく良くなさそう」な状態のゲームを炎上させる下地になっていたわけだ。
ドッカンバトルのバグがあったときにリソースを割いて検証記事を作ったり、『FFBE幻影戦争』のPR記事を受けるようなメディアで突っ込んだ質問をしていたら、今回のようなことは防げたかもしれない。
騒動を起こした側は、事なかれ主義のゲーム専門メディアが生んだ事件ともいえるだろう。
そして、鎮火作業へ
そういった調査結果、改めて炎上現場を見に行くと(開発者とプレイヤーたちがずっと不具合について会話している)、なぜ炎上が収まらないかわかってきた。
開発者は、「こういうプログラム処理ですから問題ありません」という話をしているが、プレイヤーは「そうはいってもドッカンバトルもソースコード公開していたが悪いことしていたっぽいやろ(※その証拠は見つかっていないが、まとめサイトのあおりで知識が止まっている)」「テーブルガチャが悪いから幻影戦争だって措置命令うけたやろ」という話をしている。
よって、開発者の説明の仕方では炎上は収まらないわけだ。
ということで、今回は
・テーブルガチャというか、順番が決まっていること自体は違法ではない
・同じようなバグはオフラインでも遊べた有名な他のゲームでもあった
・あらかじめ抽選が決まっていたゲームがほかにもあって、一般的に行われている。
ということを、具体的なタイトル名とともに事例を出して説明することで、「ほかでも問題ないと言われていますよ」説明し、納得してもらった。
唯一ありえた「ブーストチケットが機能していないかもしれない」という懸念については、作者からの説明を受け、処理の説明を受けて「多分問題ないね」という方向になった。
開発者側に問題がなかったわけでもなく、対話を通じて明らかになった問題もあった。20万DLのスラモンはたった1人(本当に1人)で開発しており、そのためにBAN通知・解除なども含めて連絡が遅れていたという。
(なお、不正利用者に関してはログを解析して判明次第順次BAN・BAN解除を続けていくとのこと)
1人での対応のため運営側に連絡しても反応がないという不信感につながって炎上の下地になった部分もあり、これに関しては自動返信などの措置をとってもらうようにお願いした。
また、「不具合に伴う疑惑」は取り越し苦労といえるが、かなり重大な不具合が出たこと自体は問題で、それに対しての対処についてはその場で言質をもらって終了した。
自分がコミュニケーションをミスするとゲームの炎上がより大きくなる可能性もあるし、スラモンの穏健派プレイヤーからは「油を注がないでくださいね」みたいに言われるし、知人の開発者にミスがあればプレイヤーのためにそれを指摘しないといけないし、対応が終わるまで胃が痛い事件だった。
とはいえ、下準備やら調査やら大変だったが、終わってみるとすんなりいってほっと胸をなでおろした。
こういった形の炎上がないようにソシャゲの大きな問題は大手メディアが深堀りして正しい回答を残しておいて欲しい。
とくに幻影戦争のPRとか受けているところは、このあたりの問題の深堀りとかして……お願いします……。
おまけ、テーブルガチャは違法行為ではない(可能性が高い)
ここで言うテーブルガチャとは、あらかじめガチャの当たり順番リストが決まっていて、それをプレイヤーに順番に割り当てていく方式のガチャとする。テーブルは、その「決まった当たり順番のリスト」を指すものとする。
今回、スラモンのアイテム抽選について「テーブルガチャだから違法ではないか」という感想があった。この形については、『FFBE幻影戦争』が措置命令を受けたため、違法だと思っている人が多いようだ。
だが、実際にはそうではないし、ガチャやランダム要素は「順番が決まっているテーブルを用意し、ガチャを引いたプレイヤーに順番に割り当てていく」テーブルガチャ方式の実装を行うことは多い。
これには、以下のメリットがある。
定めたテーブル内にガチャ確率通りの配列を割り当てれば、確率通りにガチャアイテムが排出されることが保証され、ずれることがない。
・正しくガチャが動いているか検証するとき、順番を確認できるので本番環境での動作確認が楽
・膨大なガチャの処理負荷を下げられる
1番について「なんでランダム抽選しないのか」と思う方もいるかもしれないが、これは運営上は非常に便利だし、プレイヤーにとっても下振れの不利益が避けられる方式だから採用されている(上振れも減るが)。
コンピューターは完全なランダムを作ることができない。だからガチャも「特定の法則に基づいて、人間から見てランダムに見えるガチャアイテムの排出をする」ことで実行されている。
この「特定の法則」というのが曲者で、ときに法則の穴があって、条件がそろうと結果が大きく偏ることがある。大きく偏ると、何が起きるか。
例えば、ピックアップガチャでキャラが出ない方向に偏ると大騒ぎになるかもしれない。逆に出すぎてしまって運営の収益が予想を大きく下回り問題が発生するかもしれない。
そういったことを避けるため、最初から確率通りのランダム当たり配列を作り、その順番で排出するということが行われる。
私が知る限り、PCオンラインゲームの時代からこの方式を採用するゲームは結構ある。
とすると、『FFBE幻影戦争』が措置命令を受けたことに疑問が残ることだろう。
これは当事者ではないので確実なことは言えないが、ゲーム会社在籍経験があり、こういった物事に詳しい法務担当者に聞く限り「十分なパターン数を用意しておらず、特定のものが当たった後で明確に何かが当たらない(当たりのない配列)ことが多かった」こと、「おそらく内部処理的にランダムではない、ボックスガチャ的な仕様があったのではないか(※実装でOK、NGが決まるパターンがある)」、「それに対してプレイヤーが不利益を被ったように感じた」ことが問題なようだ。
つまるところ、「十分ランダムに見えて組み合わせが多様なテーブルガチャは、違法ではない可能性が高い(※)」ということだ。
「まったく当たりが存在しない方式で抽選している」なんてのは当然だめだが、基本的にテーブルガチャを用意するとき、ゲームメーカーは確率通りの配列を用意する。
だから、「テーブルガチャだから違法」なんてことはない。
※……実際に違法、合法を決めるのは裁判所だったり役所だったりするので、実例が出るまでは違法・合法を確実に判断することはできない。
追記:
「十分な数を用意する」というのが分かりづらいという指摘があったので、具体例を。例えば、10万回程度引かれる想定のガチャに対して10万回のテーブルを先に準備しておくなどは実質毎回抽選と変わらないのでOKになると考えられる(つまり、ユーザーから見てテーブルが見える量では全く足りないので、テーブルが指摘されるような時点でNG)ようだ。
また、特定ガチャアイテムが排出されてから同じアイテムが出る確率が誤差レベルになるほどの回数は実装しなければならない(ボックスガチャ的に「前出たアイテムは目に見えて排出確率が低くなる」=表示確率から見て誤差レベルに抑えられなれない、と考えられる量ではいけない)。よって、運営が長くなってガチャに入っているキャラが増えるほど事前準備量が増えることになる。
(あと、この記事を書いた後で「確率を調整しないランダム結果を準備している実装もあります」という連絡もあった)
さらに追記:
「では、スラモンはテーブルガチャなのか」という問い合わせがあったが、そもそも乱数を初期化する値をあらかじめランダムに割り当てている(と思われる)ので、テーブルというよりも「乱数を生成するシードがばれてしまうバグがあった」だけで、テーブルガチャではない。