システムの中で
人間がつくったもの。物質であったり精神的なものであったり。始まりに遡るとそこにあるのはある種の「善意」だと思う。
こういうものがあったらいいな。便利になるだろうな。そういう思いでつくられたものは多いんじゃないだろうか。
社会制度、システムだって最初は人々の暮らしをより良くする為に生まれたはずだし、ちゃんと機能していたはずだ。
けれども世の中は移ろい変化していく。役目を終えた、有効であった時代は終わり、形骸化して残り続けてしまったシステムも多い。
しきたりや風習、会社の在り方や教育においても形だけになってしまっているものも多々ある。
僕らを助けるのが目的だったシステムが、いつの間にかシステムを維持する事が目的になり、それに僕らが苦しめられている。
年金もそうかもしれない。終身雇用は、その当時は必要でいい物だったのだろう。でもそれがベストではなくなってきている。
だったら新しいシステムをつくればいいのに、不安や恐怖によって既存のものを壊すことができない。
不平不満を言いながらも、結局諦めてしまう。
もちろん、新しいものを生み出すのはとても大変だ。苦しくて痛い思いだってするかもしれない。
でもこのままぬるま湯に使っていたって良い方向には向かって行かないと思う。
自分たちが生きていく社会なのだから、自分たちでつくって行かなきゃ。誰のための社会なの?
言うは容易い。じゃあどうすればいい?と問われても僕にはわからない。
けど気付いている人、変えていけると感じている人達だっていっぱいいるはず
その一人一人が自分の生き方でみせて行くしかないのかなって。僕はそう思う。
自分はこう思うよって生き様を晒していくしかない。(だからといって滅茶苦茶やっていいわけではないけど)
いきなり大きな変化はないだろう。でも1人の小さな波紋が広がっていって影響しあっていけば、変えることは出来るはず。
だから諦めないで。
まずは「良い方へ変わっていく」って思うだけでもいいんだ。
僕も頑張ってみるよ。これから世の中良くなっていくって信じてみるよ。