撮影した写真をSNSにUPするのはなぜ?
自分の写真や動画をSNSにあげてみたら、頼んでもないのに批評されたら気分悪くなりません?
じゃあ、あげなきゃいいのに?こんばんは、yukiです。(なぞに喧嘩ごし笑)
あくまでも写真撮影が趣味範疇で。の話しですが、
撮った写真をSNSにUPするのは何故でしょう。
興味をひくタイトルですよね。
趣味なら個人的に収集すれば良いわけで。
批判されるリスクもあるわけで。
以前私も考察してみたことがありますが
自分(自分が何をみているのか)を探り、
客観的に捉えることができそうな気がするから。
と語っております。↓
じゃあ伝えたいことがあるから??
いや、スナップなんかは特に顕著ですが、
この瞬間いいな!と思って撮るものであって、
その被写体自体に意味をもたせたり、
誰かに何かを伝えたいものはないものかもしれません。
でも、その反面、
撮っているときがめちゃくそ楽しいんだよね!とか
ようやく上手くなってきたんだよね!とか
この設定で撮ったらかっこよく撮れた!とか
ここの場所すごく素敵でしょう??とか
あわよくば情報を共有したい!とか
誰かとこの喜びを分かち合いたい!とか
写っているそのものには伝えたいことはなくても、
”できるなら、このパッションに共感してほしい” が
写真の根っこにあるものだとも思う。
とも書いております。↓
いや、
そう考えるのも蛇足かもしれませんね。
大事な、大切な瞬間を留めておくことが
簡単に共有できるようになった、
そういう時代だから
にすぎないからかもしれません。
悪く言えば、
世界を切り取り都合よく解釈もできる。
(世の中は主観に過ぎないものだし、
決してdisっているわけじゃないんですのよ)
加工やAI技術が飛躍的に発展をとげている
今はそういう時代。
要らないと思うものは一瞬で消せるし、付け足せる。
わからないことがあればチャットGPTにきけば
それがさも公平で正しいかのような答えが
かえってくる。
いや、それは公平で正しいのかもしれない。
でも、
人によっては正しくもあり、
別の人にとっては正しくないっていう方が
正常なんじゃないだろうか?
こういう時代だからこそ
自分らしさを保ちたい
自分らしくこの世に生きている証拠を残したい。
性能に違いはあれど、カメラというツールで
シャッターを押せば誰でも「写真」が撮れるからこそ
自分はこういう視点で世界を生きてますーーーッて
あるいは、こういう世界がみえていますーーーッて
おしなべて「自分らしさ」を叫びたいのかもしれない。
自分のためにSNSに写真をあげているのかも、
なんてことを思う今日この頃であります
きっとこれからますます世の中の写真活動が
活発化、活性化していくだろうな、と予想します。
フィルムなんか特にAIとは対極にあって、
自分の視点だけ(ちょっとは色味もあるけど)
が写し出されるものだから...
ちょっとやってみたい気もするけど、
ランニングコストが鬼〜
あ、最近kodakの工場が刷新されましたね
↓スループットは癒しであり自分らしさ
エッセイですがこちらもちょっとだけ
テーマをかじってます。こちらもぜひー♪
試行錯誤して存分に自分を堪能して
声高に叫んでいきまっしょい!
あ、だから頼んでもないのに批評されると、
自分らしさを否定されたような気がして
気分が悪くなるんですね。たぶん。
どの写真も素晴らしい!
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