
あと…大事なことが もうひとつ!
その出来事は ある日曜日に起こった
僕は “化学” の参考書を買おうと思い 品揃えが
充実している A書店に入ると 学習参考書が
並んでる書棚の前で あれこれ物色していた
その年 希望の大学に落ちた僕は やむを得ず
“予備校” に通い始めたけれど やはり 不安な
気持ちは 拭い切れなかった
そこで僕は 休日になると 気分転換を兼ねて
よく この A書店に出かけるようになった
この店には 紙とインクの匂いだけじゃなくて
何か 独特な雰囲気が漂っていて 妙に癒された
その日は まだ午前中だったので 店内には
数えるほどの お客しか居なかった
店主とバイトの女性は “新刊本の配置” の件で
熱心に打ち合せを行っていた
A書店は 1階に「文芸書」「実用書」「ビジネ
ス・経済書」等が また2階に「児童書・絵本」
「専門書」「人文書」「学習参考書」等が置かれ
ていた
探してた参考書が ようやく見つかったので 僕は
会計を済ませようと レジがある1階へ 階段で
下りようとした
しかし その時に 何か ちょっと不審な動きをする
少年とすれ違った! その少年は 高校1、2年生
ぐらいだっただろうか?
彼は エナメル加工された 青いスポーツバッグを
肩から斜め掛けしていた ところが そのバッグの
チャックが 不自然に全開の状態となっていたのだ
彼は1階と2階をつなぐ階段を 何度も 上ったり
下りたりしている …
どうやら 階段付近が「死角」になっている様子
だった
「あぁ … なーるほど そういうことか!」
そんな言葉が 思わず口を衝いて出た
そこで僕は 参考書を買うのは 一旦 保留にして
彼の不審な行動のウラを取るため 彼が2階へ
上がる時と1階へ下りる時に 彼の背後から
そ~っと覗いてみることにした
その結果は …
やはり予想の通りだった!
… つまり
1階で 文芸書の棚から 売れ筋の人気小説を
何冊か 手に取ると 彼は2階へ上る階段の
途中で … 青いバッグに それらを入れる …
それとは 逆に …
2階で 人文書の棚から 戦国武将の歴史書を
何冊か 手に取ると 彼は 1階へ下りる階段の
途中で … 青いバッグに それらを入れる …
これを 何度も 繰り返すものだから バッグは
次第に膨らんでいく …
しかし 店主も アルバイトの女性も “ 直木賞 ”
を取った新刊書の積み上げ方をどうするか?
夢中になっているので 彼の行動には 全く
注意を払って いなかった!
そうだ! 防犯カメラはどこなんだ? そう思って
探してみたら 各階の天井の隅に2台ずつ
取り付けてあった
しかし 肝心の階段付近には 1台も設置されて
いなかったのだ
「 さぁ … どうしようか?」… と僕は迷った
もし店主に知らせたら 一体どうするだろう?
店主は 100%間違いなく 警察に通報するに違い
ない! 親には 当然 連絡するだろうし 状況
しだいでは 学校にだって通報しかねない …
そしたら 彼はどうなるのか?
何も見なかったことにして このまま帰るという
手もあるが … そしたら 彼は上手く やれた!と
勘違いして 犯行を 更に エスカレートさせる
かも知れない!
いや 待て!
もう一つ 選択肢があるだろう
やってみようか …
僕が いろいろと悩んでいると … いつの間にか
彼は レジを素通りし A書店から外へと 出て
行ってしまった!
僕は 外に飛び出し 彼の後を追った
その時の僕といったら … 名探偵にでも
なったような 不思議な気分だった
彼の青いスポーツバッグは 既に
パンパンの状態 になっていた!
横断歩道の赤信号が見えてきた
信号の前で立ち止まっている彼の左横に
並んで立つと 僕は 他の人には聞こえない
小さな声で こう言った …
「あのね さっき 書店で起こったことで …
少し話をしたいんだけど … 時間 ある?」
すると彼の顔は 見る見るうちに 青くなり
「ゴメンなさい! お巡りさん! もうしません!」
そう言いながら … 横断歩道の前で ポロポロ 涙を
流して 泣き始めた
「 僕は お巡りさんじゃないし 警察に突き出すとか
お店に連れて行ったりもしないので … その代わり
もう こんな事 やらない方が良いよ 」
… と言った
彼は「二度としません 本当に済みません」と
何度も言った たまたま持ってた学生証を見せて
貰うと … 隣り町にある有名な 進学校の1年生だと
分かった
ただし 彼は本を返しに行く勇気がない ので …
代わって僕に本の返却をお願いできないか?と
言い出した!
なお 本人の名前が “油性ペン” で書いてある この
スポーツバッグは処分して貰って構わないという
余りに懇願するので 僕は 仕方なくバッグごと
預かり 彼とは別れて 一人で書店へと向かった
店主に事情を話して バッグに入っていた本を
一緒に確認したところ 単行本と文庫本 合わせて
何と … 55冊も出てきた!どうりで重かった訳だ
僕は 店主から 何度もお礼を言われた後 自分の
欲しかった 化学の参考書代 の清算を済ませた
そして空っぽのスポーツバック を自分のアパート
へと 持ち帰った
アパートの裏庭には 住人専用の小さな焼却炉が
置かれていた
その中に 処分して構わないと言われた スポーツ
バッグを押し込むと 百円ライターで火を点けた!
始めは 黒い煙を出して 燻っていたバッグも
やがて真っ赤な炎に包まれて 派手に燃えた
ところが … その時だ!
背後で 誰か 人の気配がして パッと振り返えると
アパートの大家である “おばさん” が立っていた!
おばさんはうっすら 笑みを浮かべると … こう言った
「ねぇ… 証拠隠滅でも … してるの?」
ドキッとした僕は 慌てて 言い返す
「ち … 違いますよ これは 別に … 」
すると おばさんは … こう続けた
「 いいのよ そんなこと! 分かってるから!
でもね … いつだって “ おてんと様 ” が
見てると思って 行動しなきゃダメよ … 」
何故か 完全に濡れ衣モードに入っちゃってた感じ
はしたけど … でも おばさんの言う事は いつも
八割方は 当たっているので … 僕は小さな声で
「はい」と答えた
するとおばさんは …
「あと…大事なことが もうひとつ!」
「えっ? まだ … 何か あるんですか?」
「残り火は ちゃんと消しといてよ!
水 掛けて!」
そう言うと おばさんは アパート1階にある
自宅へと戻って行った
いいなと思ったら応援しよう!
