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料理は実験(『Cooking for Geeks 第2版―料理の科学と実践レシピ』レビュー)

 さぁ、実験を始めようか。
 といっても、「仮面ライダービルド」ではない。

 我々の実験場は、未来の日本でないのはもちろんのこと、研究所や実験室の類でもない。
 キッチンだ。
 分子ガストロノミーなんて学問分野が成立するのを待つまでもなく、料理というのは科学だった。
 例えば、肉を加熱するというのは、どういう行為なのか。

 植物や動物の組織に自然な状態で見られるタンパク質は、通常の自然な状態にあるとき「未変性(native)」と呼ばれる。タンパク質は、数多くのアミノ酸が互いに結合し、特定の形状に折りたたまれることによって作り上げられている。(中略)
 タンパク質は加熱されると3次元形状が変化し、ねじれや折りたたみがほどけてタンパク質の機能が変化する。これを変性という。(熱でバクテリアが死滅するのは、このためだ!) いったん形状が変化してしまうと(うめき声)、タンパク質はそれまでくっついていたものにくっつけなくなってしまうことがある(これによって食感が柔らかくなる)。あるいは、新しい立体配座となったタンパク質は、別の分子にくっつけるようになる場合もある(これによって食感が硬くなる)。タンパク質を変性させる調理方法は加熱だけではない。酸やアルコール、そして機械的な泡立てや冷凍によっても変性を引き起こすことができる。(p.148)

 そして、このような知識に従って調理を行うことは、レシピに従って料理を作る行為や、自分の舌と経験を頼りに美食を追求する行為とは、幾分違った行為になる。もちろん、レシピや経験は重要だ。ただ、そこに固執する考え方が、調理というこの上なく興味深い行為から、一部の人々を遠ざけてきたかもしれない。
 どういう人々かって?
 筆者は、この本の読者として想定しているギークを以下のように定義している。

 あなたは、物事の仕組みに興味を持ったり、どうやって動いているかを突き止めることを楽しんだりするだろうか? もしそうなら、あなたはきっとギークだ。ギークとは、あれこれ指図されるより、ツールや台所用品、あるいは自転車の部品が詰まった箱を渡されて、好きに遊ばせてもらえることを楽しむタイプの人のことだ。(p.1)

 知識と好奇心に根差した調理は、一般的な料理のイメージとは異なるかもしれない。しかし、美味しいものを作って食べたいという欲求に違いはない。ただそこに、論理的な創造性が加わるというだけのことだ。
 この本に示された視点や知識は、既に料理が好きだという人にも新しい力を与えてくれる(何を隠そう、僕自身がそうだった)。画家が自分の画材や色彩の性質を創作に活かしているように、音楽家が楽器や音の性質を作曲に活かしているように、食材と調理法への理解を深めることは、料理に最高のスパイスを与えてくれる。

 姉妹編にSandor Ellix Katz『発酵の技法―世界の発酵食品と発酵文化の探求』がある。発酵は通常の調理よりも難易度が上がるが、世界の食文化を知るだけでも楽しい。いずれも少々値の張る本だが、人生の豊かさの値段としては安いものでしょ。

鵜川 龍史(うかわ りゅうじ・国語科)

Photo by Hans Reniers on Unsplash

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