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【金沢戦略人事の会参加経営者インタビュー】〜株式会社森八〜「人」で会社を強くする。伝統と革新で描く老舗和菓子店の未来図


今年創業400年を迎える和菓子店「株式会社 森八」。金沢の人々に長く愛され、地域に根ざした菓子文化を育んできました。

しかし、時代が変わり消費者の嗜好も多様化する中、老舗企業ならではの課題も抱え変化を求められています。

今回は「金沢戦略人事の会」の参加企業でもある「森八」の取締役副社長を務める森岡晋也さんに、伝統を守りながら新たな時代を創っていくための具体的な取り組みや、大切にしている思いについて、活動も振り返りながらじっくりとお話を伺いました。

聞き手は、金沢戦略人事の会のコーディネーターを務めたガクトラボの橋本健太郎です。


「株式会社 森八」取締役副社長 森岡晋也さん
・・・製造職・販売職のどちらにも当てはまらない業務、主に採用・人事関係、労務・人材・法務などを担当。入社13年目で、現場での店舗管理を行いながら、役員として経営にも関わる。

戦略人事を学び組織変革できる人の力を育てたい

金沢戦略人事の会開催時の様子。2023年度は5回に渡り活動を実施

──今回は戦略人事の会について伺っていきたいのですが、どのような経緯で参加されたかお聞かせください。

森岡:今後、企業の競争力をより一層つけていくには人事部分の強化が必須と考えており、特に中間管理職以上の人材育成の状況を知りたい、他社のお話も聞いてみたい、というところからですね。

──森八さんは圧倒的な知名度があり、「千歳」など地元に根付いている定番商品もありますよね。その中で、人に考えが向くのはなぜか、改めて理由を伺ってみたいのですが。

森岡:入社時には橋本さんと同じように、森八は認知度が高く、長い歴史がある商品ラインナップを持っている、という印象でした。どんなに美味しいお菓子が今あったとしても、歴史は変えられないのでその差は非常に大きいです。
 それにも関わらず、売り場では競合他社といい勝負をしている店舗もあります。もっと圧倒的な差があると思っていましたが、それを知った時に、会社の印象と実態にギャップがあると。森八も努力してきましたが、他社の努力が当社の努力を上回った結果ではないかと思います。企業努力というのは社長1人だけで頑張っても限界がありますので、社員全体が一丸となって頑張る力が競り負けて差が縮まったのではと考えています。

「千歳」こし餡を求肥で包み紅白の和三盆糖を贅沢にまぶした森八の代表名菓の一つ


戦略人事の会での気づきと対話の重要性

──戦略人事の会のプログラムに参加されての、率直な感想はいかがでしょうか。

森岡:ワークを多く取り組んだことが印象に残っています。点で色々思っていたことをマップにすると整理でき、やりたいことが集中している分野が優先的に取り組みたいテーマであると認識することができました。
 森八の場合は、育成関連にやりたいことが集中していましたので、人財育成が優先事項であると考えています。私の中のやりたいことリストには人材関連のものはいくつかあるものの、現在の課題とやりたいこと同士がつながっておらずグルーピングもしていなかったので取り組んで良かったと思います。

金沢戦略人事の会第2回ではワークシートで課題を洗い出した

──「未来の課題を見つめましょう」というテーマでしたが、目の前の課題しかないという気づきがありましたね。

森岡:何かしようにも、まずは人手不足を解消しないと何もスタートできないこともわかりました。この会が始まった直後は、急激なコロナ禍からの回復により、人手不足でその解消が喫緊の課題でした。
 現在はようやく人数もそろってきて、人材育成に関して考えられるところに来ました。戦略人事の会プログラム終了から半年以上経っていますので、時間がかかりましたね。あの時、全体でもこんなことをしようと色々な案が出ましたが、なかなかリソース不足で実現には遠いものが多かったですよね。

──他社と一緒に同じ目標を持って活動することで得られたものもありましたか?

森岡:私自身は地元の人間ではなく、県外から来た身なので、地元企業の経営者の皆さんと深く話し込んだことがなかったので、対話ができたことは良かったですね。業績の波に関わらず優秀な人材は確保しておく、家族経営で一丸となってよい結果につなげているなど、参考になるお話も聞けて非常に刺激になりました。

──戦略人事の会の時もかなり込み入った話をされて、 飲み会で語り合う雰囲気もとても良かったことを覚えています。人という観点で現場の泥臭いところも話しながら未来について語り合っているのが印象的でした。

人材に対して抱える課題を解決するために

──人材に関しては具体的にどのような課題があったのでしょうか?

森岡:森八は現社長が社長に就任したおよそ40年前、社長と女将2名による鍋蓋型の非常にフラットな組織にして経営改革を行っていきました。当時は2人で社長職、部長職、課長職をすべて担うことで、責任を持つ、判断するといった、いわゆる管理職のするべき業務を役員によって行い、非常にスピード感のある経営を行うことができました。
 経営改革といった側面では効果があったのですが、その後、徐々に権限移譲する業務を増やし、ピラミッド型の組織構造にしていく中で、管理職としてのスキルが育っていないという問題が徐々に出てきました。

寛永2年(1625)に尾張町で創業

森岡:プレイヤーとして優秀な社員が役職者になっていたため、ヒト・モノ・カネのマネジメントに課題があり、その状況を少しずつ変えようと思い、新卒学生の採用に注力しました。新卒学生のウエイトを高めていき、新卒学生にマネジメント業務を一から教え、将来の幹部社員にしていこうと考えたのです。
 しかしながら、終身雇用崩が壊している昨今、想定より多くの新卒入社の社員が10年経つと転職していってしまい、なかなか思うようにマネジメントスキルに長けた社員を育成することができませんでした。現在は、中途入社の社員を中心に過去のキャリアの中で培ったマネジメントスキルを活かして業務に携わってもらっていますが、製菓技術の面では劣るので技術面で長けた人たちになかなか頭が上がらず、想定よりも スピード感を持って組織改革ができませんでした。そんな状況を解決するためのヒントが得られるのではと思い、参加しました。

──その他、他社と話していく中で共通の課題はありましたか?相対化して色々な課題が見える、その気づきも大きいですよね。

森岡:今回戦略人事の会に参加してまず、概ね同じような課題を抱えているのだなと感じました。人事労務面でなかなか思うように人材育成が進まず、他社と比べ遅れをとっているのではないかと気がかりでしたが、森八だけが変革のスピードが鈍足というわけでもなく、当社だけが苦労しているわけでもない。
 働ける時間は限られているので、どこかで焦りもありましたが、自分たちのペースが遅くも速くもないとわかった点は良かったことの一つでした。なかなか他社の細かい人事労務面については話す機会が少ないので、もう1歩踏み込んだ課題などが聞けてよかったと思います。

”徳の高い”人材の育成が企業を成長させる

──戦略人事の会の第2回で、ありたい会社像についての話の中で「森八で徳の高い人が育ち、他企業に行っても恥ずかしくないような社員が活躍している」というビジョンとポリシーを話されていましたが、この点への想いや背景についてはいかがですか。

森岡:実は金沢の菓子店のいくつかを営むのは、森八出身の職人です。昔は菓子店として独立できる人材を輩出できていたと思うと今は少し物足りなく感じます。今は和菓子店としての独立が難しい時代なのは理解できますが、もっと積極的に希望を持ち、どこかで独立したいという心意気を持った人材が入ってくれると嬉しいです。そういう社員たちが活躍できる場をもっと用意したいと思っています。

──それはとてもいいですね。

森岡:改めて森八と同業他社を比べてみると、石川県の和菓子店で関東の大手百貨店へ8店舗も出店できているのは当社だけです。一気に販路を広げられるのは、当社だけの強みだなと改めて感じました。森八は店舗が多い分、店長になれるチャンスも多い。接客、販売、小売、サービス業などに就きたい方で店長を目指すという点では、20代からチャンスがありその機会が比較的早く巡ってくる会社だと思います。

──自社の強みに森八さんも気づいていたし、皆もそういう気づきをもらっていたと思います。 あと、組織図にエリアマネージャーのポジションを増やしたり、 より現社員のマネジメントレイヤーが増えていく図を描かれているのが印象的でしたが、この考え方は今もお変わりないでしょうか。

森岡:現アシスタントマネージャー、未来のマネージャーに、より管理職として活躍してほしいという気持ちがあります。リーダー(世間で言う主任クラス)は自店1店舗を見ていますが、アシスタントマネージャー以上は複数店舗を見て、徐々に全体を見渡せるようになってきます。
 自店最適ではなく全店最適を考えられる人がいないと、いつまでも役員がマネージャー業務をしなくてはいけない。そのポストも面白い仕事なので、本来は社員に就いてもらう方がいいと思います。今現在は、販売職のマネージャーが不在で、アシスタントマネージャー数名に責任を分散させて、一人で数店舗ずつ担当させています。近い将来、金沢全店舗を担当するマネージャーが出てきて欲しいと思っています。

──育成の部分では、徳の高い人が育つところと、 マネージャーのような役割が紐づいてくると思いますが、この辺りはどうですか。

森岡:社歴が浅くて、販売能力や製造能力が高くなくても徳の高い人であればマネージャーはできると思います。マネージャーの仕事のメインは管理業務にあると思いますので、本来は必ずしも販売能力や製造能力が優れていなくてもいいはずです。 しかしながら、販売能力や製造能力がある人が高く評価される組織風土がある。販売能力が少ない人から指示をするというのは、今のところ馴染みがないのです。

──職人的な技術と経験が物を言う組織の中に、心が感じられる人としての徳のような要素を入れていきたい、そこが重要だと考えられている気がします。

森岡:人柄ではなく、販売能力や製造能力で結果を出した社員が昇級しておりました。そのため、多様性を認める現代社会には成果主義一本の管理職はマネジメント役にはどうしても向いていない、そこを変えていきたいです。

社内外との交流が成長のきっかけに

──まさにそんな思いを戦略人事の会で聞かせていただき、他社でも育成の課題があり、共通の課題に合同で向き合う機会として「工場見学会」と各企業と学生がカジュアルに交流できる「えんにち」というイベントを企画しました。振り返ってみて、まず「工場見学会」から得られたことはいかがでしょうか。

▼工場見学についての詳細はこちらをご覧ください

森岡:森八の場合、普段の工場見学は小学生向けが主なので、簡単な説明が多く、大人向けに説明する経験が多くありませんでした。 そういう中で、来ていただいた方たちに満足いただけたのはよかったですね。きちんと大人同士で会話ができていたのではないかと思います。

──当初、コミュニケーションがとれるのかと心配されていましたね。

森岡:普段は、コミュニケーションをとる機会が他業種と比較すると少なく、数少ない、原料や資材関係での社外のやりとりは工場長が窓口になっているので、他の社員は社外の方と接する機会がまずありませんでした。そのため、しっかり案内ができるのかが不安な部分ではありました。結果としては思ったよりも、喋ることができていた印象です。

──しっかりやり取りされていました。自社のこと、製造現場をどう改善したらいいか、どうしていきたいかも話されていましたし。

森岡:製造現場の社員は普段指示されてから行動することが多いのですが、自分で考えて言葉にして行動することもできるのだなと感心しました。当日私は不在でしたが、「工場見学会」が上手くいったので、「えんにち」も成功すると、その時すでに感じていました。

──確かに「えんにち」はほぼノータッチでしたね(笑)。僕らも安心して社員さんに任せましょうと伝えていたところでしたが、実際「えんにち」は傍から見られてどのように感じられましたか。

▼えんにちについての詳細はこちらをご覧ください

森岡:堂々と話せていましたね。今まで会社説明会はほとんど私がやっていましたが、「えんにち」の少し前から何件か、自社のブースを構えて説明するスタイルの説明会を任せてみたりしました。私自身年を重ねて、少し学生との年齢差も広がってきており、ずっと私が最前線でやるわけにもいかないので、どこかで任せたいと考えた時に手応えを感じたイベントでした。

──工場と店舗でほとんど会話したことがなかったが、この企画で社内同士や他社の方とも交流ができたという声もありました。

森岡:森八の場合、異動はありますが社員全員とは会わないですし、 店舗スタッフが工場に行くことはまず無いのです。製造スタッフと販売スタッフが交わる機会は本当に限られていますので、そういう機会が増えたのは良かったですね。懇親会などでは逆に人数が多すぎて結局仲のいい人たちで固まってしまうこともありますが、「えんにち」のように何か目的が1つあると、一緒に話せて目的達成のために協力できるという気がしました。

──社員が学生や他社に自分のことを話したり、自社のことを話したりする機会が生まれていて、それがいい形で成長機会というか、自分たちを見つめる機会にもなってくれたら、私たちもうれしいです。

森岡:客観的な視点で自社を見ることができる場面もあると思いますので、様々な働き方や仕事を知ることで、改めて自社の良い点や改善が必要な点が明確になるといいですね。

──「えんにち」のパネルディスカッションで、参加学生へのメッセージとして「安定」とパネルに書かれていたのも印象的でした。改めて学生へ伝えたいこと、というといかがでしょうか。

森岡:学生たちへ伝えたいのは、非常に視野が狭いことが気になっていまして、就職先を失敗したらもうダメなんじゃないかというマインドでいるのが良くないなと思っています。自分の学んできたことを絶対に生かそうとか、そこまで気を張らなくても、まだ20歳前後、これから先は長いので軌道修正はいくらでもできます。
 理系だから機械系に、ですとか考えが凝り固まってしまうと、自分のまだ気づいてない可能性や自分の適性にあった職場が他にもたくさんあることに気づけなくなってしまう。そのことを改めて伝えたいですね。

──もっと可能性を広げて、色々見てほしいということですね。

森岡:森八で言えば、安定志向の人が合っていると思います。食品業界は比較的安定業界ですし、その中でも当社はブレが少ない。外部環境の変化などで自分の雇用が不安にさらされると、仕事以外の私生活でも不安な部分が多くなってしまいます。IT系など最先端の技術やスキルを求める人も多いですが、制度変更や海外企業の状況などによって業界や業種ごと一転する可能性もあります。不安を抱えたくない人にとって、食品業界は推奨できる業界であると言えます。

──確かに学生からすると、斜め上からの意見と言いますか。「食品業界は安定なんだ」という反応が会場からも伝わってきて。自分にない視点やネットでは知ることができない視点を提供してもらったなと感じています。学生との接点もありましたし、社員の育成にも繋がっていけばいいなと。

森岡:インターンシップに来てくれていた学生がいたのは驚きでした。ここまで関心を持ってもらえたのだと。将来のステークホルダーになってくれると思いうれしい気持ちになりました。

地域貢献を目指す人と組織の未来とは

──ここからは今後の展望について伺っていきたいのですが、戦略人事の会は「人・組織の未来について考えていく場」というのが大きなテーマです。改めて今の段階で森岡さんの思う、人・組織の未来についてお聞かせください。

森岡:私は徳を積むことを非常に大切にしています。過去のように優れた職人を輩出できる企業に改めてなりたいと思っています。当社の強みは実店舗があるため、認知度があるので、説明会には多く来てくれますが、実際、面接希望者の数は激減してしまう。森八に入社すれば成長できるイメージが湧かないからなのだと思っています。
 この会社に勤めたら何かいいことがある、成長できるということが、世間に広がってほしいですね。歴史があり、和菓子を販売していることは知られていますが、入社した時に良いということが、学校や生徒、親御さんに広まってくれるといいなと思っています。お菓子の評判だけでなく、会社として人材面でも森八に勤めると立派な人間になれ、どこへいっても活躍できる人材に成長できると。

森岡:大企業で言えば、ニデックさんが自社で学校を始めています。色々な学校から採用するより、自分たちで育て上げた学生を入れる。究極はこれだと思います。当社も新型コロナウイルスの影響で店舗ビジネスが上手くいかなかった時に、やはり違う事業モデルも必要だと感じました。
 いくつか選択肢がある中で、1つは人材教育事業。教育された人材が自社に入ってくる、あるいは地元企業へ行くというのはメリットが多いですし、なかなか機械化されない領域でもあるので。このまさにガクトラボさんがやっているような事業を、自社でやってもいいのではと思いました。

──歴史と伝統と商品の強さがあるからこそできるという側面もあると思います。今後チャレンジしていけると面白いですね。

森岡:専門学校向けの実践的な授業などもニーズがありそうです。依頼されることが少しずつ増えていますので、注力していつか収益化できる事業にしたいですね。非常勤講師から始まってティーチング業務が社員でできて報酬がもらえるようなことが可能になるといいのかなと。

──ビジネス的にも人への投資は結果的に経営に直接返ってくるということですね、もちろん 本業の販売、製造にも。「三方よし」の形だと感じました。

森岡:昔から和菓子店は、ご子息を他県の和菓子店で何年か修業させて家に戻すことをされています。教育基盤を担ってくれる菓子屋が京都中心に多いのです。今、金沢でも和菓子店のご子息が京都へ修業に出ているところがいくつかありますので。そういうやり方のより大きい版というか、事業モデルになり得るようなものが良いのでは。

──全国から集まってきそうですね。事業継承問題の解決につながるかもしれない。非常に良い展望を聞かせていただきました。ありがとうございました

「金沢戦略人事の会」は今後も経営と人事を連動させた視点から課題解決を目指します!

今回のインタビューで「金沢戦略人事の会」への参加をきっかけに、森岡さんが人材育成の重要性を改めて実感したことや、他社との比較で課題がはっきりしたことなどをお聞きし、その機会を企画できたことに非常にやりがいと喜びを感じました。

「社員が成長することで、会社も成長する」と語る森岡さん。社員が自分自身の可能性を信じ、積極的に仕事に取り組めるような環境づくりを進めていかれると思います。

ガクトラボも引き続き、交流や対話を通して様々な課題を解決できるようなプログラムを企画していきたいと思います。

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▼株式会社 森八


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