学生探検記録:中国洞天福地編part7
9月14日、第十大洞天である括蒼洞の測量を終えるも、錬丹(不老不死の薬を作る錬金術)の跡があると言われている16の洞窟についてなんの情報も得られなかった我々は、凝真宮からすぐ近くにある村で聞き取り調査を行った。
「この近くに括蒼洞以外の洞窟を知りませんか?」と聞いても「知らない」と返されるばかりだった。聞き取りをしながら村の中を歩き回っていると、塀に囲まれた古い寺院のような所があった。そこから人の話し声がするので入ってみると、そこでは、テーブルに分かれて麻雀と闘地主(大富豪に似たトランプゲーム)とを行っている者が20人ほどいた。質問しようと声をかけると、「今忙しいから話しかけんじゃねえっ‼」と怒られる。そんな彼らが牌やカードを捨てる時の姿はかっこいい。ゲームの序盤から、気迫の表情で牌やカードをテーブルに叩きつける。その一手に全てをかけているような気合だ。一勝負着くと彼らの間で煙草が行きかう。こんな風な中国の田舎で日本から来た若造が勝負に入って勝ったら、村の秘密になってる洞窟について教えてくれるなんていう漫画みたいなことが起こらないかなあと思った。我々の中に麻雀が強い人はいないから、それはできない。勝負に参加していない者に話しかけると、「ムカデ仙人のいる洞窟がある。」という人がいた。呼び名の通り、ムカデの容姿をした仙人らしい。詳しく話を聞いていくと、ムカデ仙人は括蒼洞に祀られているらしく、道教とは関係ない地元の人たちによる信仰のようだった。そういえば、凝真宮の道士がこんなことを言っていた。「この前、地元の人たちが大勢で括蒼洞に詰め掛けてきた。我々は止めたが言うことを聞いてくれず、彼らは彼らの神にお祈りして帰っていった。」ここで言われていた地元の神がムカデ仙人らしい。村人に聞いてもさらに詳しい話は聞けなかった。その後も聞き取りを続けたが、ムカデ仙人について詳しく知っている人はいなかった。結局16の洞窟については何も情報が得られず、この日の活動は終了した。
一日であっさりと括蒼洞に入れて測量までできてしまい、括蒼洞でやることはもうない。そしてもう一つの目的地である16の洞窟については全く情報が得られない。明日は何をすべきなのだろうか。括蒼山の中に16の洞窟があると言われているけども、括蒼洞は広い山塊なのでむやみやたらに村を回ると非効率だ。とりあえず翌日は山頂近くに道観があると言われている麻姑山に行くことにした。ここの道士は何か知っているかもしれない。麻姑というのは道教で祀られている仙女であり、長寿の象徴としてまつられる。若く美しい娘の恰好をしており、鳥の様に長い爪を持っているという。この山の山頂の奇岩が麻姑の爪のような形をしているという理由から麻姑山と名付けられたという。
翌日麻姑山の麓までタクシーで行き、登山道を登って行く。道は整備されていて迷うことはない。1時間ほど歩くと廟があり、中には人が3人いた。話を聞くと三人とも仏教徒だという。そのうちの一人の女性はこの廟の管理者だった。彼女は「あと10分ほど歩くと山頂だよ。山頂には道教の廟があって、そこも私が管理している。以前は私の主人が管理してたんだけど、死んじまってね。」という。山頂は岩の塔が何本も立っているような形であり、その塔を壁にして、屋根を乗っけることで廟としての空間を作っていた。そこにある神像はどれもカラフルで、最近作られたもののようだ。管理者である女性に神像について質問すると、「私は仏教徒だからここの廟について詳しいことはわからないよ。」と言われてしまった。一通り写真を撮って下山し、麓の村で16の洞窟について聞き取りを行うが、またしても不発。なんの情報も得られなかった。
翌日は図書館に行くことに決めた。むやみに村を歩いても非効率的で、あと二日で調査を終えなくてはならないので、時間がない。それなら図書館で文献を調べたほうが進展する可能性が大きいとおもったのだ。仙居県立図書館を訪れたが、館内は市民カードのようなものがないと入れないらしい。管理人に頼むと「少しだけな。」と言って通してくれたが、入った先は小学校の教室くらいの大きさで、机とイスが並べられ、部屋の片隅に本棚が一つ。本は100冊くらいしかない。閲覧室なのだろうか。しかしその部屋から書庫につながるようなドアもない。「こんな図書館があるのだろうか。」と思いながら外に出ると、上の階の部屋に本棚が置かれているのが見えた。外についている非常階段をこっそりと登って行くと、またしても教室ほどの広さの部屋に、だが、今度は図書館らしく本棚が並んでいた。そんな部屋が2部屋ほど。しかし入り口には鍵がかかっている。隣は事務所のようだったので、そこにいる司書に事情を説明すると、きれいなお姉さんが「勉強熱心なんですね。どうぞお使い下さい。」と部屋の鍵を開けてくれた。そこで仙居県の歴史や地理の本を漁っている時に、土屋先生から仙居県の共産党員の名刺をもらっていたことを思い出した。土屋氏は仙居で調査をする際にアドバイザーになったのがその共産党員だったらしい。試しに司書のお姉さんにその名刺を見せ、「この方知ってますか?」と尋ねると、「ええ、彼は仙居県の共産党書記よ。」と言う。共産党書記、つまりこの地域で一番の権力を持った人なわけだ。驚いてしまい沈黙していると、「この人に会えるか電話してみるわね。」とお姉さんは言って電話をかけ始めてしまった。数分後、「その人は近くにいるみたいだから40分後に会えるわよ。」と言われる。話が急に進みすぎたが、そういうことになったので、質問することをまとめる。共産党事務所に客として入れてもらう日がくるなんて思っていなかったので、なんだか急に緊張してきた。40分が過ぎ、司書のお姉さんに連れられて図書館を出た。