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「新しい生活様式」のもとでの社会教育施設「再開」ガイドライン− 市民や子どもの「学びの場」をどう保障するのか

(『住民と自治』2020年7月号に掲載された原稿の草稿)

「私たちの目の前にあるのは、命か自由かの選択ではない。命を守るために他者から自由に学び、みずから自由に表現し、互いに協力し合う道筋をつくっていくこと。それこそが、この緊急事態を乗り越えていくために必要なのだ、と私たちは考える。」(日本ペンクラブ声明『緊急事態だからこそ、自由を』(抜粋)、2020年4月7日 一般社団法人日本ペンクラブ会長 吉岡忍)

 公民館における「他者から自由に学び、みずから自由に表現」することが、法廷で問われたことがあります。2018年12月に最高裁が上告を棄却したことで判決が確定した、「9条俳句訴訟」控訴審判決(東京高裁、5月18日)です。これは政治的中立性を理由に公民館(さいたま市)による学習者(作者)への「不公正な取扱い」を違法としたものですが、緊急事態宣言のもとで「命か自由かの選択」として制限を受けることを「やむをえないもの」と断定できるのかという問題にも通じます。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第一波を強制力のほとんどない緊急事態宣言によって「乗り切った」と評価されている日本ですが、公共施設の「休館(閉館)」や「中止又は延期」は物理的な強制力をともなうものです。長期間にわたる公共施設の閉鎖や市民の文化・学習活動の中止がどこまで認められるのか、ここには経済問題とは別の「権利の制限」という問題があることに注目する必要があります。

 「移動の自由や職業の自由はもとより、教育機関・図書館・書店等の閉鎖によって学問の自由や知る権利も、公共的施設の使用制限や公共放送の動員等によって集会や言論・表現の自由も一定の制約を受けることが懸念される」(日本ペンクラブ声明)のです。

緊急事態で後回しにされる社会教育施設

 特措法に基づく緊急事態宣言が4月7日に7都府県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、大阪府、兵庫県、福岡県)に出され、4月18日に対象地域が全国に拡大されて「特別警戒都道府県」(7都府県にを加える)が指定されました。緊急事態宣言は、「人と人との接触の機会の最低7割、極力8割削減」を求めています。その後、5月14日に39県が、5月21日には5都道県を除く全ての府県が、5月25日には全国の指定が解除され、それぞれの自治体が独自に日常生活の「再開」を段階的に進めようとしています。しかしながら、今後も繰り返し学校の「休校(休業)」と施設・店舗の「休業」「閉鎖」、各種事業の「中止」「延期」が行われる可能性があるほか、秋以降の流行第二波が懸念されています。

 安倍首相は5月4日の記者会見で「この13都道府県(特別警戒都道府県)におきましても、8割の接触回避のお願いをいたしますが、博物館や美術館や図書館などの使用制限を緩和したい」と述べ、一定の条件をつけて「再開」することを認めました。しかしながら、学校に比べて公民館や図書館、博物館、動物園・水族館といった社会教育施設で市民や子どもたちが「自由」に学び、活動することはまだまだ先のことと、後回しにされやすい危険性があります。

解除後の「再開」ガイドラインの発表

 こうした状況の中で、3月24日に文科省は「新型コロナウイルス感染症に対応した学校再開ガイドライン」を公表しています。また、5月14日の解除に合わせて、スポーツ庁が「社会体育施設の再開に向けた感染拡大予防ガイドライン」を発表したほか、社会教育関係団体が活動「再開」のための「ガイドライン」を発表しました。その主なものは、「公民館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」(公益社団法人全国公民館連合会)、「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」(公益社団法人日本図書館協会)、「博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」(公益財団法人日本博物館協会)、「スポーツイベントの再開に向けた感染拡大予防ガイドライン」(公益財団法人日本スポーツ協会・公益財団法人日本障がい者スポーツ協会)、「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」(公益社団法人全国公立文化施設協会)などです。

 その後、文科省は5月25日の全国での解除宣言による「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」の改正を受けて、「新しい生活様式」の定着等を前提として、5月25日から7月31日までの約2か月間、「移行期間中において、催物(イベント等)の 開催制限,施設の使用制限の要請等について、6月1日、6月19日、7月10日から、それぞれ段階的に緩和する」ように指示(事務連絡)しました。

公民館・図書館・博物館のガイドライン

 ここでは、代表的な社会教育施設である公民館・図書館・博物館のガイドラインについて検討します。この3つのガイドラインは、(1)「はじめに」→(2)「感染防止のための基本的な考え方」→(3)「リスク評価」→(4)「具体的な対策」という構成をとり、(1)〜(3)はいずれも政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(3月28日(5月4日変更)新型コロナウイルス感染症対策本部決定)と新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(5月4日)を敷衍したものとなっています。この中で、図書館ガイドライン(日本図書館協会)には(1)と(2)の間に「趣旨」という記述が設けられ、「こうした状況のもとでも実行できる方法を探り、図書館の役割を可能な限り果たしていくこと」を求め、「休館=何もしない」ことは許されないとし、「図書館の自由委員会」が関連情報を発信しているという特徴があります。ここには、「図書館の自由宣言」(1954年発表、1979年改訂)や「図書館員の倫理綱領」(1980年)、「ユネスコ公共図書館宣言」(1994年)のように、独自の職能集団としての指針を積み重ねてきた図書館職員の専門性という伝統と基盤が見られます。

 3つのガイドラインで個性が見られるのは、(4)「具体的な対応」です。その「総論」に注目すると、それぞれの施設の特性による記述の違いはあるものの、いずれも①対人距離の確保、②来館時間や来館人数の制限、③リスク評価による「休館」「中止または延期」の可能性、④所管保健所との連携、⑤高齢者や持病のある人への特別な対応、が提示されています。その中で、例えば、図書館ガイドラインの「来館者の安全確保のために実施すること」として「氏名及び緊急連絡先を把握し、来館者名簿を作成する」ことが、果たして「図書館利用のプライバシー保護に関する最大限の配慮を行う」ことで十分なのかという疑問があります。これは倫理綱領にある「図書館員は利用者の秘密を漏らさない」を来館の有無も含めて考える必要はないのか、行政内とはいえ来館の事実に関する情報共有は許されるのかという問題です。さらに、社会教育施設において公衆衛生上の必要があるとはいえ、感染リスクの高い市民(高齢者や持病のある人)や感染の可能性のある人の利用を認めないということが、「利用者を差別しない」という原則(倫理綱領、9条判例)に抵触せずにどこまで認められるのかという問題もあります。

緊急事態のもとで学習を保障することの意味

 「私は何を希望することが許されているか」(イマニュエル・カント)

 鷲田清一さんの「折々のことば」(朝日新聞 2020年5月25日付 朝刊)は、カントの『純粋理性批判』の言葉が引用しています。カントは「私は何を知ることができるか」「私は何をなすべきか」に続け、この問いを発しています。まさに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に直面した私たちは、著しく自由とともに「希望すること」が制限されていると言えます。

 ここで改めて、ユネスコ『学習権宣言』(1985年)を思い起こす必要があります。

 「学習権は未来のためにとっておかれる文化的ぜいたく品ではない。それは、生存の欲求が満たされたあとに行使されるようなものではない。学習権は、人間の生存にとって不可欠な手段である。」

 まさに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と「共存」する社会の中で、どのように「学び」を継続・発展させることができるのか。私たちは歴史に試されているような気がします。

朝岡幸彦(東京農工大学教授/日本環境教育学会会長)

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