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毎年夏になるとああしてたよな、俺たち

Pat Metheny Groupを知ったのはライヒのElectric Counterpointで、それは中三の卒業間際、近所のイトーヨーカ堂のCD屋で半額で売られていたミニマルミュージックのコンピレーションだったのだが、それから十数年後にサブスクで聞いたEvery Summer Nightがすごくいい曲だった。

いや、Electric Counterpointももちろんいい曲だしミニマルミュージックでこんなに盛り上がっていいのかというぐらいかっこいいんだけど、Every Summer Nightの満場一致で良い曲と認められそうな感じはいったいなんだ。
既視感(既聴感?)さえある。
その昔、親に「これはいい曲よ」と言って聴かされたんじゃないか。
あるいは名作の映画で使われていたんじゃないか。
またあるいは、名作の映画で使われたためにバラエティ番組で定番化しているんじゃないか。

しかし、ちょっと調べた限り、そのような事実はなかった。


まず始まって1音目からいいもんね。
いい和音だ。
調べたらBmらしい。
経験は少ないが、ドライブするときに流すと、同乗者が必ず「これいいね」と言ってくれる。
いいよな。
冬に聞く気はしないけど。
夏の夕暮れ感すごい。
「日が隠れてちょっと涼しくなってきたね」というムード。
これから上着を一枚だけ着てバーに行ってカラフルなカクテルを飲むんだぜ。Every summer night, we did.
そう。なんとなく過去形な気がする。
「毎年夏はこうするんだぜ」という進行形あるいは現在形の気分ではない。
「毎年夏になるとああしてたよな、俺たち」という振り返り。思い出。

そう、俺たちは想像の中で、夏になるとサーフィンをして、夜になるとバーに繰り出し、来る日も来る日もテーブルゲームに興じていたじゃないか。
あの日俺のツキはとどまる所を知らなかったな。


振り返っている夏といえば、久石譲のSummerも代表的な曲だと思うけど、これにはそんなに惹かれない。
もちろんいい曲なんだけど、この曲が喚起しているのはたぶん少年時代だし、少年時代の夏はきちんと経験しているし、別にあの頃に帰りたいかと言うとそうではないからだろう。楽しかったけど。
秘密基地作ろうや。



Every Summer Nightが喚起するのは大人の夏である。
何しろ夜なのでね。
夏の夜。それは子どもにとっては退屈であった。
夏に限らず子どもにとって夜は退屈だ。アニメ見てバラエティ見て風呂入って寝るだけ。
庭でバーベキューして、食欲が満ちた後に大人が酒を飲んでいるのを尻目に、さっさと部屋に帰ってゲームをしていた。

大人の夜は長い。
酒飲んで水飲んで寝るだけだけど。
その気になれば小説や詩を読んだりできるし、音楽を聴きながら語らうこともできる。
頑張ればいい女をナンパして一杯ひっかけることもできるのかもしれない。
『悲しみよこんにちは』みたいに、バカンスの地で出会った男の子とクラブに出かけることもできたかもしれない。

そういうことにあまり縁がなかったし、もう30歳になってしまったから、もう経験することがないであろう、そういう大人の夏に郷愁を感じる。
うらやましいんだろうか。
半分ぐらいはうらやましさだと思う。けど実際にはそういう過ごし方をする人は稀というか、いまさらそんな芝居めいたことをする人もいないんじゃないか。じゃあ俺の憧れって何なんだよという寂寥感もだいぶあると思うけど、ナイトプールで巨乳の女の子に交じってインスタ映えを目指すのとは違うんじゃん。


で、仮に僕があこがれる夏の夜を過ごしたいとして、ホームパーティーを開いてEvery Summer Nightを流したとしたら、気取りすぎだと思うんですよ。
一気に萎えちゃう。
だから、パーティーの様子をビデオに撮って、編集してBGMをEvery Summer Nightにする。これが落としどころじゃないか。


理想の夏。
暑い。
午前中にプールに行く。涼しい。
ちょっと疲れる。
外に出ると日差しがちょうどよくなる。
知り合いの女がやってるレコードショップに行き、どうでもいいレコードを買う。(ここまでは村上春樹の影響だ)
風通しのいい部屋で昼寝をする。
夕方になっている。
文庫本と財布だけ持って、いつものバーに行く。パブのほうがいいか。
友達がいるので一緒にビールを飲む。
最近聞いた音楽、読んだ本、体験したことについてまずはエピソードを話し、そこから飛躍も含めて拡散する話をする。
友達の家に行って映画を見る。あんまり考えなくてもいいが、考える余地もあるもの。ホット・ファズぐらいの。

そんな夏を数回繰り返し、月日が流れた後、ふと夏の終わりに思う。
「俺たち毎年夏になるとあの店で飲んでたよな」
(ここで、Every Summer Nightのイントロが流れ始める)

そんな数年がかりですごして、振り返った時に輝くかもしれない、夏の思い出。

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