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【掌編小説】トリスの苦悩

カランカラン♪

有野戸渡はほんわか商店街の奥にある洋食屋、ハーゲイの扉を開けた。

奥のテーブルには既に栗栖川トリスが待っていた。

「どうしたの?深刻な悩みがあるって言うから、いつもの裏筋の一本道を通って急いできたんだ」

「渡さん、ごめんなさい。大した話じゃないんだけど」

「きっとあれだろ?自由に時空を移動出来るから、その特殊能力ゆえの悩みでもあるんだろう?」

「今日はそんなんじゃないの。そんな壮大なSFラブストーリーじゃなくて、ちょっとした小噺でお茶を濁して、繋ごうとしてるの」

いったい誰の気持ちを語っているのか。

ハーゲイのマスターが来た。トリスが注文していた定食を持ってきたのだ。
「ハイ、ハンバーグ定食です」

すると突然、トリスが叫んだ。
「ハンバーーーーグッ!」

隣のテーブルで食事中の青木田文具店の店主である青木田紀土も振り向いた。

ビックリした渡が尋ねる。
「えっ?!トリスさん、急にどうしたの?」

「渡さん、聞いてくれる?実はこれが悩みなの。言ってはいけない、言ってはいけないと思うとつい大声を出して言ってしまうの。三日前からずっと無意識に反応してしまうのよ」

「へー、我慢できないの?」

「どうしようもないの」

「トリスさん、諦めてはいけない。逃げちゃダメだ」

するとまた、トリスが叫んだ。
「逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!動いてよ!動いてよー!」

「アウチッ!」驚いたのだろう、隣のテーブルで青木田紀土がテーブルに身体をぶつけたようだ。

トリスが気遣う。
「あら、青木田さん、ごめんなさい。大丈夫ですか?手をぶつけたのかしら」

青木田紀土が答える。
「足だよ、足だ!」

トリスは突然、大声で言った。
「足だ愛菜だよ!」

このままではダメだと渡は思った。今後のデートにも支障が出る。
でもこんな問題、渡ならすぐに解決できる。
渡は囁くように小さな声でボイズを使った。

「言っちゃいけないと思った事は、言っちゃいけないよ」

「トリスさん、もう大丈夫!俺はバイトがあるから先に行くね!」

「渡さん、ありがとう!」いつもすぐに駆けつけてくれる渡の優しさに涙しつつ、トリスはティッシュで鼻をかんだ。目からピーっと音が出た気がした。

渡が店を出て10mも歩いた頃だろうか、背後からトリスの大声が聞こえて来た。

「芦田愛菜だよ!」


(つづく)


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