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【掌編小説】トリスの日常

「おーい、トリス晩飯だぞー」

源治が呼ぶと、二階からズタズタとグレーの上下のジャージを着たトリスが降りてくる。

ここはトリスの自宅。一階の半分は酒屋になっている。

「トリス、まだ就職は決まらないのか?」

栗栖川源治はトリスのグレーのジャージを見ると機嫌が悪い。

「会社を辞めてもう一年になるじゃないか」

「おとうさん、トリスも一生懸命に仕事を探してるのだから、余り強く言うのはやめてください」
数子が助け舟を出す。
そうそう、お忘れの方も多いだろう。数子はたった一度だけスピンオフで登場したトリスの母だ。

「俺はよう、だいたいグレーのジャージ着たやつにはやる気を感じないんだ!今日も商店街でグレーのジャージをペアで着たアベックがいてよー」

「おとうさん、アベックって何?」トリスが尋ねる。

「アベックはね、カップルっていう意味よ」
数子がそっと教える。

「今の若い奴はアベックも知らねーのか!そんなだから、いつまで経っても只飯食ってるプー子なんだよ!」

いったいどんなだ?

すると、トリスはジャージのポケットからおもむろに帯封の札束を取り出して食卓に置いた。
「今月の食事代、置いておくわ」
そういうと夕食には箸も付けずにまたズタズタと二階に上がっていった。

「100万、あるわ。このお金、いったいどうしたのでしょう?」数子が驚く。

「けっ!あいつはいったい何をしてるのやら」源治がグラスのビールをグビグビと飲み干す。

数子がすかさず空になったグラスにビールを注ぐ。

「おとうさん、どんなお金かは知らないけど、きっとトリスなら心配いらないわ」

「かあさん、いつもすまないなあ。あいつのことは心配なんだが、俺は昔から言いたい事が上手く言えないんだ」

源治が娘を誰よりも愛していることを知っている数子は、ただただ微笑んだ。

◇◇◇

二階に上がったトリスはノートPCを開くと仮想通貨の取引サイトにアクセスする。

薄暗い部屋でノートPCのブルーライトを浴びたトリスの目は、魂の抜けた猫の目のようにぼんやりと光っている。

そう、自由に三分だけ過去に移動できるトリスは、遂にその特性を活かし仮想通過に手を出していたのだ。
値動きの激しい仮想通貨の価格が大きく上下に触れた時、トリスは鼻をつまみ目からピーっと音を出し、時空を超えて三分前の価格で仮想通貨を取引する。
倍々ゲームの破壊力は凄い。
紙を23回折るとスカイツリーの高さになるように、トリスの仮想通貨の口座は膨らんでいった。
トリスはこれで一生食べていけると思っていた。

トリスがビットコインの発明者、サトシ・ナカモトと出会うのは、まだまだ随分と先の話になる。


(つづく)


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