【掌編】一杯の素うどん
ガラガラガラ♪
とあるうどん屋に、見知らぬ親子連れが入ってきた。
店主が注文を聞く。
「らっしゃい!何にいたしましょうか?」
「あー、素うどんを一杯。それと小鉢を一つ付けてくれるかな」
親父の方が注文する。
「今日もまた素うどんなの?」
息子の方が尋ねると、
「ああ、今日も半分づつだ」と親父が答える。
◇◇
「へい、お待ち!」
店主がうどんを持ってきた。すると、
「わー、大きなお揚げさんが乗ってるよ!」
と息子が喜んでいる。
親父はお揚げさんを割り箸で半分に割くと、うどんとツユも半分にして小鉢に移し、その小鉢を息子の前に差し出した。
「いただきます!」と言うと、息子はそのお揚げさんを口いっぱいに頬張った。
「甘ーい!」
「うちのお揚げさんは甘いだろう。坊や、お揚げさんはサービスだよ」
店主はにこやかな顔をしている。
親子連れはうどんをあっという間に平らげた。
「美味かった!」
「よし、いつものように走るぞ!」
そうゆうと親父の方は、息子の手を引いていきなり店を飛び出した。
100メートルも走った頃だろうか、
「今日も無銭飲食は成功だ。これで明日の馬券が買えるって寸法よ」
「お父さん、あのお店の人は凄く良い人そうだったのに、こんなことしたらいけないよ」
息子が半ベソをかいている。
「気にするな、素うどんの一杯くらい、あの店にはなんの影響もないって」
立ち止まっては、ハアハアと肩で息をし、親父はそう呟いた。
目の前には、いつの間にか白髪で白髭を生やした爺さんが立っていた。まるで霞を喰って生きているような爺さんだ。
爺さんがしゃがれた声で問いかける。
「天災は、ここ日本においては、火山の大噴火で一万年に一回、巨大地震で400年に一回の周期。
対して、人災はどうじゃ?
交通事故や殺人事件は毎日ニュースで流れているし、戦争だって毎日どこかの国で起こっているじゃろ。
そなたはそのことについて、いったいどう思っておるのじゃ?」
「爺さんよ、それどころではないんだ。俺は今、明日の晩飯をどこで喰おうかを考えてる」
そういうと、親父は爺さんを肘で突き飛ばし、息子を連れてまた走り出した。
(ぱひゅん)