年次成長率800%超え!ARR100億円を最速達成したグローバル採用SaaSの「Deel」を徹底分析する
こんにちは。SmartHRのグループ会社のAIR VISAでCEOをしているジャファーです。先日こちらのTweetが話題になっていました。
なんと「Deel」というシリコンバレーのスタートアップが、ARR1億ドル(約120億円)をたった20ヶ月で達成したというニュースです。
Deelはリモートのグローバル採用を支援するSaaSで、競合ではありませんがAIR VISAとも近い領域なので、今回はDeelのビジネスモデルや何故ここまでの急成長をしているのかなどを探ってみようと思います。
Deelはリモート時代の雇用を最適化するクロスボーダープラットフォーム
まず課題と解決策という形でDeelが何をしているのか説明しますね。
Deelが実現しているのは、世界中のどんな人材でも”法令を遵守して”リモートで雇用できるようにするということです。
コロナのパンデミックを機に世界中の企業がリモートワーク中心のワークスタイルに舵を切りました。
企業運営をリモートワークに切り替えることで、人材の採用は国内に限定する必要がなくなります。zoomやSlackなどオンラインで繋がって仕事をするのであれば、近所だろうが1万キロ離れた外国だろうが関係ないですからね。
しかし実際は国境を跨いだリモート雇用には実務上いくつか問題が発生します。
問題点1:国によって異なる労働法とコンプライアンスリスク
実は国外の人材を”雇用”するためには現地法人を設立しなくてはいけません。
これは何故かと言うと、例えば米国に在住して国外の企業にリモートで勤務することを認めてしまうと、米国では所得税や住民税に該当する税収や社会保障費を源泉徴収できずに減ってしまうリスクがありますし、従業員保護の観点で最低賃金や有給などの管理が行き届かなくなってしまうからです。
従業員から訴訟を受けるなど、何かしらの経路で雇用の関係にあると判断された場合は偽装請負として罰則を受けることがありますし、コンプライアンス違反の企業として社会的な制裁を受けることもあるでしょう。
実際に米フェデックスでは、運転手らがニュージャージー州の判例法に基づく従業員であり、個人事業主としていることは州法に違反していると訴訟をおこして2.4M$の和解金を支払っています。(こうした雇用関係を適正に適用しない問題をMisclassification/誤分類と呼びます)
↓参考
これは米国内の雇用での例ですが、国境を跨いでの雇用ではわざわざ現地法人を設立する手間が大きいため、グレーで誤分類による契約関係を続けてコンプライアンスリスクを秘めているケースは多そうです。
しかし、海外の人材を雇用するためだけに現地法人を設立するのは時間とコストの観点からリーズナブルではありませんよね。
解決策:Deelによる代替雇用(EOR)
そこで登場するのがDeelです。Deelはなんと世界中150カ国以上に現地法人を展開しています。彼らが人材を顧客企業の代わりに雇用して派遣する形をとることで、現地の労働法や税法に準拠しその国での企業としての務めを果たします。(これをEmployer of Record、代替雇用と呼びます)
具体的には現地法令準拠の雇用契約を人材と締結したり、所得税や社会保障を源泉徴収して国に収める等です。そのためになんと200以上の現地の法律専門家とパートナーシップを結んでいます。
派遣といっても日本の派遣会社のようにDeelが人材のプールを抱えているのではなく、あくまで採用活動は顧客企業が行います。
採用が決まった後の入社準備の段階で、システム上でDeelと人材が雇用契約を締結し、Deelと顧客企業の間で派遣という形をとります。
UI上は企業と人材の契約条件(給与や雇用期間など)をシステムに入力していくことで現地法に準拠したテンプレートをベースとして契約書が作成され、プロセスを進めるとDeelと人材の間で雇用契約が結ばれる形になります。
Deelを利用することでユーザー企業は現地法人を設立しなくても現地法に準拠して人材を雇用するような体験を実現することができるわけです。
問題点2:国際送金による給与の支払い
人材を雇用できたとしても問題は残ります。日本で雇用した人材に給与を支払うときは、当然日本円で支払いますよね。日本の口座から日本の口座に振り込むだけなので簡単です。
しかし国を跨ぐと殆どの場合通貨が変わります。人材がアメリカに住んでいればドルですし、ヨーロッパならユーロです。通常は銀行で海外送金することになりますが、海外送金は送金手数料も高ければ為替手数料も高いです。
さらに、海外送金をしたことがある方は分かると思いますが、国内の送金のように即日とはいきません。早くても1営業日、特に初回など場合によっては数日から数週間かかることもあります。
これもやはり、海外人材を雇用するためだけに非常に煩雑な管理をする必要があり大変ですね。人材が1カ国にまとまっていればまだマシですが、複数の国にまたがっている場合は更に大変です。
解決策:Deelによる支払いの一元管理
Deelは現地の会計事務所や法律事務所と連携して、給与計算から支払いまで行ってくれます。実態として人材と雇用関係にあるのはDeelの現地法人なので、Deelが人材に給与を支払い、顧客企業はDeelに派遣費用+Deel利用料を支払うという座組ですね。
当然従業員に対しては現地通貨で支払われますし、為替は銀行が出しているリアルタイムレートで手数料は必要ありません。一方で企業からDeelに対しては、120以上の通貨から選択して一括で支払うのみです。彼らは為替で儲けようとしていないのでこうした料金体系が実現できます。
以前はPaypalなどの送金業者を利用して手数料を最適化していると謳っていましたが、事業が十分にスケールしたことによってDeelが支払いを肩代わりすることができるようになり、トランザクション単位で手数料を徴収したり、為替レートのリスクを吸収する必要がなくなったのではないかと思います。
これだけの規模の給与支払いを一旦肩代わりするので、手元に潤沢なキャッシュがなければキャッシュフロー上厳しく、後述しますが500億円以上の資金調達が必要になる理由も頷けます。
問題点3.現地の法律や提出書類などのフォーマットは突如として変更になる
これは日本でもそうですが、雇用に関する法律やルール、提出書類の書式が変更になるたびに企業はそれに対応しなくてはいけません。AIR VISAの領域でも、在留資格のフォーマットが頻繁に変更になるのでこの苦労は痛いほどわかります。
しかし、例えば日本の企業が世界中の人材をリモートで採用したいと考えたときに、わざわざ全ての国に現地法人を設立し、全ての国の法律とその変更に精通するのは現実的ではありませんね。
解決策:Deelに任せておけば顧客企業は手続きのことを考える必要がない
上でも触れましたが、Deelは世界各地200以上の法律や会計の専門会社とパートナーシップを結んでおり、常に最新の法律を遵守し雇用に関する役務を遂行します。
実際に法律上の雇用関係にあるのは現地人材とDeelの現地法人ですから、顧客企業は手続きのことなど考える必要もないわけです。これも事業がスケールしたからこそ提供できる価値ですよね。
結論:企業は”ほぼ何も考えずに”世界中の人材をリモートで採用できるようになる
まずは最速でARR1億ドルを達成したDeelがどんな課題に対して価値を提供しているのかを見てきましたが、Deelは国境を超えてリモート採用をするにあたって発生するリスクや面倒をほぼ全て解決してくれるサービスですね。
企業は難しいことをほぼ何も考えず、Deelのダッシュボード上で費用を確認して支払いをする程度の体験なはずです。これはすごい。
Deelの成長の変遷
Deelは20ヶ月でARRが1億ドル(約120億円)を突破という驚異的な勢いで成長を遂げてきています。その変遷を彼らの公開データを元に推察を交えながら見ていこうと思います。
※数字には推測が含まれる非公式な見解なので、あくまで大きな流れを掴むものとしてご理解ください!
ARRの推移~1企業あたりの平均ARRは90万円程度か~
Deelはつい先日ARRが1億ドルを突破したことで話題になりましたが、驚くべきはその成長スピードですね。後述しますが、直近ではおそらく月に10億円を超えるペースでARRが拡大しています。公開されている顧客企業数から割り戻すと1社あたり90万円ほどのARRだと推察されます。
グラフを無理やり読み取って予想すると、2021年3月時点ではARRはまだ12~13億円ほどです。そこから1年でARRが100億円に到達しているので、12ヶ月で8倍近い急成長を遂げています。
ユーザー数の推移~1年弱で+4600社、直近では1ヶ月で+1500社の超ハイペース~
公開データを辿ることができたのは2021年の3月からだったのですが、この時点では顧客数は1400社でした。5月には1800社、7月には2400社、11月には4500社と明らかに増加ペースが加速していき、11月→12月ではたった1ヶ月の間に1500社も増加しています。これはNew ARRにして約13億円/月の驚異的なペースです。
直近ではサイトの更新がありませんが、11月→12月と同様のペースで拡大していると仮定すると、現在の導入企業数は1万社を超えていると思われます。
従業員数の推移~半年強で+380人、2.4倍の拡大~
こちらは公開データが2021年8月からなのですが、この時点で270名です。そこから11月には400名、翌年3月には650名まで従業員数が増えています。
確かなPMFを迎えて需要がとどまることを知らず、超ハイペースで採用とオンボーディングを行っていくことで、月間1500社、New ARRにして約13億円/月という驚異的な成長スピードを実現できているのでしょう。
資金調達と直近の評価額
Deelは2019年に実施したPre Seedラウンドから数えて合計6回、39の投資家から累計6億2千9百万ドル(約786億円)の資金調達を行っています。
直近では2021年10月にシリーズDとして評価額55億ドル(約6800億円)で4億2500万ドルを資金調達しています。
同年4月には12億5000万ドルの評価額でユニコーンの仲間入りをしたばかりでしたが、それからわずか半年で42.5億ドルも評価額が上がったことになります。しかし、前述のように年800%ものARRの伸び方を見れば至極当然に思えますね。
SeriesC前後のARRはおそらく10億円程度だったはずなのでARRマルチプルは100倍、SeriesD前後ではこれまで挙げてきたデータを元に推測するとARR20億から30億だと思いますので約200倍という凄まじい数字です。しかし、この異常な成長速度をみるに妥当な水準にも思えるのがすごいです。
また、現在の1企業あたりの平均ARRは90万円程度と推察していますが、これは導入企業1社あたりほぼ1人を代替雇用しているという数字になります。
後述しますが、実際には業務委託の49$やペイロールだけのサービスの金額も混ざっていて、実際は業務委託の方だけ導入している企業がほとんどだと思っています。
代替雇用の習慣が根付いた会社がクロスボーダーのリモート採用を加速させて一気にアップセルしていくことを考えると、今後もものすごい勢いで成長していきそうな期待感があります。
今後の成長ポテンシャルに対する考察
これは個人の推測の域を出ないのでご参考までにですが、Deelは今後も当面異常なまでのハイペースな成長をしていくはずです。
おそらく現在は業務委託支援がメイン
理由として彼らの顧客の内おそらく90%以上は、まだ月額599$の代替雇用ではなく49$の業務委託の方を利用しています。
根拠は彼らの支援している労働者の人数が約10万人だそうなのですが、ARRと各料金テーブルで簡単な方程式を組むと約95%、少なく見積もっても90%が業務委託での料金利用になります。
Deel曰く、クロスボーダーでの業務委託での契約は常に前述したFedExのような「Misclassification/誤分類」による訴訟リスクや税務当局に指摘されるリスクがあるので、完全にクリーンにやるのであれば代替雇用をしていくべきだということなのだと思います。
業務委託→代替雇用へのシフトでARRのアップセルポテンシャルは700億円強
現在業務委託の契約関係を持っているDeelの支援先の労働者が仮に10万人の90%で9万人いて、全てに対して既にセールスタッチポイントを持っているとすると、業務委託→代替雇用のプランの差額による潜在的なアップセルの余白はARR換算で700億円強は見込めるのではと思っています。
並行して新規の企業開拓も進めていくでしょうから、当面この成長スピードは落ちないのではないでしょうか。
Deelの成長理由の考察
では何故Deelはここまでの企業成長を遂げてきたのでしょうか。いくつか考察してみます。
パンデミックによる市場の急成長
Deelの急成長のベースにあるのは冒頭で取り上げた圧倒的な顧客体験でしょう。しかし同時に新型コロナによる世界的なパンデミックが成長を後押ししていることも間違いないと思います。
同様にパンデミック下で爆発的な成長を遂げたのはzoomが記憶に新しいですよね。zoomはパンデミックの開始とともに急速に伸びていったのに対して、Deelはパンデミックによってリモートワークが習慣として企業に根付いたことによって、ワンテンポ遅れて急速な成長を遂げているのが印象的です。
Deelが現在の事業の形に行き着いたのはパンデミックが起こる前なので、「ゲームルールの転換が起きたその瞬間にプレイヤーとして市場にいた」ことで、新たな市場の恩恵を受けられたのだと思います。
また、Deelは元々はグローバル採用の給与支払いのプロダクトから始まっていますが、プロダクトが市場のニーズを捉え始めてから非常に短期間の間に給与支払いだけでなく代替雇用までソリューションの幅を広げ、強いチームとオペレーションエクセレンスを作り出し、事業を急拡大させたことには本当に尊敬しかありません。
コンプライアンスリスクの低減をコアバリューとしつつ、給与支払いを抑えることで企業は解約ができない
顧客企業の解約は全てのSaaSを提供する経営者が頭を抱える問題だと思いますが、Deelの場合はクロスボーダーで人材を雇用している限り給与の支払いが毎月発生するため、解約は現実的に起こり難いと思います。
SaaSの解約は「利用してみたけど思ったより使わなかった」など、月額で課金が発生し続けることに対しての納得感が低いことが原因になりやすいですが、Deelの場合はDeelで給与の支払いを毎月行う関係上なくてはならない存在感を常に出し続けることができます。
解約のタイミングは従業員の退職か、代替雇用をやめて現地法人を設立する時くらいだと思うので、数字は公表されていませんが解約率はその国の平均の離職率の数字と近似していくのではないかなと思います。
代替手段のハードルが高く、企業の予算は人件費という大きな財布から捻出される
Deelの利用料金は代替雇用が1従業員あたり599$/月、業務委託が49$/月と人事労務系のSaaSとしては比較的高額ですが、この予算は人件費という企業の予算の中で最も大きな財布から捻出されるため心理的に利用料のアンカリングが高めに設定されています。
例えば日本では正社員で年収600万円、月50万円のエンジニアを業務委託で採用する際には、月単価80万円〜90万円程度になるのが相場です。冷静に考えるとこの差分の数百万円/年は大きいですが、業務委託で採用するメリットを優先して合理性を出せているので成立していますよね。
Deelの場合も、そもそもDeelを通さないで採用する代替手段が現地法人の設立となってしまうため、最初から代替雇用の手数料を上乗せした金額でその人材を採用すべきかどうかという検討になります。
バックオフィスの効率化系のSaaSであれば「その分人を張って頑張ったら良いのではないか」という代替手段が出てきますが、Deelではそれが成立しないので費用捻出の妥当性が出しやすいはずです。
AIR VISAはフィジカルな移動を伴うグローバル採用を支援する
ここまでDeelの企業分析を書いてきました。すごすぎて並べるのは恐縮すぎますが(笑)最後にAIR VISAと類似していると個人的に感じていることなどを書きたいと思います。
Deelは僕たちとは解決している課題が根本的に異なるので競合にはなりませんが相似している点を見出すとすると、Deelはリモートワークを前提として”フィジカルな移動を伴わないグローバル採用”にまつわる課題を解決するプラットフォームで、AIR VISAは”フィジカルな移動を伴うグローバル採用”を支援するプラットフォームですね。
Deelが狙っている市場は非常に大きく今後も急速に成長していくはずですが、世の中全ての仕事がリモートで完結するわけではありません。
そして国境を超えて来日して仕事をすることで発生するイレギュラーがあり、イレギュラーに対応するコストを企業が支払っているという現実があります。中にはコンプライアンス上のリスクを孕んでいるケースもあります。
AIR VISAはまず手続きを楽にすることで、企業が海外の人材に選ばれるための努力をする余力を生み出します。そして同時に、AIR VISAを利用することで企業のコンプライアンスリスクを低減します。
さらにその先には、日本に住む外国籍の人たちの生活が豊かになるような支援をしていきたいと考えています。AIR VISAも非常に大きなチャレンジです!一緒にこの課題に挑戦して下さる方は是非ご連絡ください!
↓PMとRubyエンジニアを大募集です!
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