10.要休業の落とし穴
はじめに
産業医が判断する就業区分は通常勤務・就業制限・要休業となります。このうち「要休業」とはどのような時に用いられるのでしょうか。つまるところ就業上の措置に関するこれまでの記事の延長でもありますが、「要休業」という判断は労働者の労働を禁止するという、とても重たい判断なので、本記事ではさらに落とし穴としてご説明したいと思います。
前提としては、就業区分の判断は適正配置のためであり、事業者の安全配慮義務の履行の補助のためにあります。そして、特に要休業の判断は「働くことで安全が確保されないとき」に行われるもので、就業上の措置に関する文脈でいう類型1,2で説明されます。つまり、以下のようなものです。
類型1:
就業が持病の疾病経過に悪影響を与える恐れがある(例:心不全の労働者に対する重筋作業制限)
;働くことで著しく体調を悪くする可能性が高い
類型2:
健康状態が原因で事故につながる恐れがある(例:意識障害をきたす恐れのある労働者に対する運転業務制限)
;体調不良による影響で自他の安全を脅かす可能性が高い
また、ここでいう「自他の安全」とは、本人だけではなく、他の労働者や一般市民の安全も含まれます。
以下いくつかの要休業の落とし穴をご説明します。
主治医に要休業判断全部お任せの落とし穴
産業医は独立した立場ですので、労働者の就労可否について全て主治医に判断を委ねる必要はありません。主治医に全部お任せとならないように注意してください。特に、自殺企図などの緊急性が高い事情の場合には、産業医として「要休業」という判断が必要になります(ただし、実際には稀です)。主治医の意見が不要ということではなく、病態によっては主治医と連携して判断することが求められます。主治医診断書があった方が社内で話がスムーズにいくこともありますし、役割分担もしやすいと言えます。
参照:「主治医連携の落とし穴」)
類型3による要休業という落とし穴
類型3とは、”健康管理を促進するため(受診、治療を強く進めるため)の就業上の措置”です。しかし、「要休業」という措置は類型3の延長ではありません。何度受診勧奨しても病院を受診しないから、生活習慣を改善しないからという理由で「要休業」という判断は望ましくありません。さらには、「言うことを聞かないなら要休業にしてしまうぞ」、と脅しながら労働者に接することは厳に慎むべきです。(参照:「文脈なき就業上の措置の落とし穴」)
病者の就業禁止にとらわれる落とし穴
労働安全衛生法第 68 条に病者の就業禁止という法令がありますが、実際には、これにとらわれすぎる必要はあまりなく、産業医として「働くことで自他の安全が確保されないとき」には要休業と判断する必要があります。なお、精神疾患については平成12年の基発で本条文から削除されていますが、精神疾患についても、自傷他害の恐れがあり緊急を要すると判断されれば、やはり「自他の安全が確保されない」となりますので、要休業と判断することになります。
産業医が決定してしまうという落とし穴
「産業医が決定してしまう落とし穴」でも言及している通り、産業医の意見は大きな影響力をもちますが、最終的な意思決定や行動の主体は”安全配慮義務のある事業者”にあります。産業医が決定するという構図にするのではなく、あくまで産業医の意見は参考で、事業者が判断するという構図にすることもが重要です。
模索なき要休業という落とし穴
就業適性を判断するにあたり、普遍的・絶対的なものはありません。また、どのような健康状態であっても、何らかの業務はすることができる可能性があります。企業によっては、業務の幅には限界はありますし、労働契約により職種や業務内容が限定されている場合もあります。しかし、そのような場合でも、健康状態を著しく悪化させるリスクが少ない業務(例:デスクワークやテレワークなど)に就くことができないかを事業者と労働者と模索することが産業医として求められます。なお、補足としては昭和47年の基発で次のように就労継続の努力を尽くすことが求められています。
『本条は、病者を就業させることにより、本人ならびに他の労働者に及ぼす悪影響を考慮して、法第六八条に基づき規定されたものであるが、その運用に際しては、まず、その労働者の疾病の種類、程度、これについての産業医等の意見等を勘案して、できるだけ配置転換、作業時間の短縮その他必要な措置を講ずることにより就業の機会を失なわせないよう指導することとし、やむを得ない場合に限り禁止をする趣旨であり、種々の条件を十分に考慮して慎重に判断すべきものであること。』昭和四七年九月一八日 基発第六〇一号の一より