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0.5 落とし穴にハマるとは

はじめに

「産業医活動の落とし穴」という記事を書いておきながら、そもそも落とし穴にハマるというのはどういうことなのか、について説明がまったくもって不足していたことに気がつき、今更ながらその部分を説明しようと思います。

落とし穴にハマった結果何が起きるのか… 


労働者を不幸にする。

介入によるデメリットの方が大きい

例えば「がん検診の落とし穴」や「産業保健活動の侵襲性を考える」という記事でも言及したように、産業保健活動は労働者に対してデメリットな結果、つまりは不幸も及ぼしうるものです。そして、予防医学の特性として非常に難しいことは、不幸を招いたとしても、産業保健側にはフィードバックが来ないということです。産業保健活動の「落とし穴」にハマっても、産業保健職はそのことに気が付かず、無意識に、意図せずに、労働者を不幸にしている可能性があるということです。恐ろしいことですよね。

なお、ここで非常に難しいのは、なにをもって「労働者を不幸にしているか」ということです。産業保健活動は予防活動であり、健康の問題が発生する前に介入しますし、その結果がすぐには明らかになりません。さらには私たちが介入することは、致命的なもの、緊急性のあるものもほとんどありません。そのため、明らかに「労働者を不幸にした」と言い切れる事象はそう多くはありません。一方で、なにをもって「労働者を幸せにした」かもまた非常に難しいと言えます。幸せの定義は人によって異なりますし、一時的には辛いこと、苦労したことも、長い目で見れば幸せにつながるということもあるでしょう。私たち産業保健職が考える「その人の幸せ」もまた正解であるという保証はなく、場合によっては健康第一主義の押し付けにもなりかねません。地獄への道は善意で舗装されているとも申します。このことは、仮に労働者を禁煙に導いたとしても分からないとすら思います(禁煙することは医学的に絶対的正解でしょうが)。産業保健活動は「労働者を不幸にする」という落とし穴は、私たち産業保健職が常に内省しているからこそ気がつける落とし穴なのかもしれません。

本人に対する疾病利得

疾病利得の落とし穴」でも言及しているように、産業保健職の対応によって、労働者に疾病利得が生まれる可能性があります。疾病利得は、労働者本人にとって(一時的な)利益につながることもある一方で、病状コントロールが悪いから負荷の高い業務に就かずに済むことが治療意欲を阻害してしまったり、成長や出世の機会を逸することでキャリア形成やスキルアップにも悪影響を及ぼすこと、職場の中での孤立をうむこともあります。そのため、長期的には本人にとっての不利益とも言えるものです(そのまま利得の上でにあぐらをかきつづける方もいると思いますが)。支援は、ときに対象者の自律性や主体性を奪ってしまいますので、一見冷たいように見られても、多少突き放すような姿勢も必要と言えるのかもしれません。

労働者の職業人生を阻害する

確かに、産業医は企業に対して助言を行い、安全配慮義務の履行を補助すると言えるのですが、それはときに過度な就業制限をかけてしまうことにもつながります。セーフティに考えるほど、病気をもった労働者は安全に働けないと捉えてしまう産業医もいるようです。それはときに労働者のキャリアや収入、自立を阻害したり、場合によっては退職に追い込むことすらあります。

企業が不幸になる。

産業保健活動がうまいかなければ、企業にも不利益があるでしょう。その不利益はいくつかに分解できると思いますので、分けて説明したいと思います。

コスト

産業保健職に対して、決して安くない報酬を払っているわけです。そのため、その報酬に見合った価値が提供されなければ企業としては損失ということになるでしょう。とは言え、産業医の場合は、選任するだけで法令遵守しているという謎の価値がありますし、産業保健の価値を金銭換算することは非常に難しいのですが。

労働力損失

産業保健が機能することで、従業員という人材のメンテナンスが行われるわけです。健康状態が改善し、血管イベントやがんなどによって働けなくなる状態を防げることや、労働生産性・パフォーマンス・ワークエンゲージメントの向上につながることもあります。また、休復職支援によって人材の職場復帰にも寄与できるでしょう。これらが機能しなければ、人材の損失や労働の質の低下が起きます。

訴訟リスク

企業の安全配慮義務の履行の補助をしている産業保健が機能しなければ、安全配慮義務が十分に尽くされないで不幸な事故が起きる可能性もあるでしょう。安全配慮義務は、予見性と結果回避性から構成されていますが、健康に関する予見性は健康の専門家でしか見抜けないものや、結果回避措置も健康の専門家がいなくては十分な措置が取られないこともあります。自殺や過労死などの不幸な事故や、悪質な退職が起きた際には、本人もしくは家族から訴訟され、安全配慮義務違反を突かれることになるでしょう。

職場秩序・職場の不公平さの疾病利得

疾病利得の落とし穴」でも言及したように、産業保健活動の支援・介入による疾病利得は、職場内の不公平感を醸成してしまうこともありまうす。さらには、企業のルールの形骸化や、職場秩序すら歪めてしまう可能性もあります。疾病利得で長期的に塩漬けになっている従業員がいれば、その人を放置していることは他の従業員も分かっているでしょうから、結局どんな真っ当なことを言っても白けてしまうということも起きてしまいます。もちろん、これらが全て産業保健活動によるものではないのでしょうが、従業員一人を不自然なやり方で特別扱いをして支援することはそういったリスクを含んでいることは念頭におく必要があります。

産業保健活動(安全衛生活動)が推進されない

産業保健活動は1次予防、2次予防、3次予防という整理をすることができます。落とし穴にハマり続ける産業保健活動は、いつまでたっても2次予防、3次予防の活動で止まってしまいます。もちろん、ハイリスクアプローチとして、特に健康リスクが高い方や、メンタルヘルス不調で休職する方に対応していくことも確かに大切なことではありますが、その繰り返しだけでは、不調者は一向に減りません。というよりも、ひどい落とし穴にはまっているときには、ハイリスクアプローチですらなく、ただ問題が起きたら対応することの繰り返しです。事後対応の繰り返しです。予防的な要素はなく、毎回が出たところ勝負です。本来は、産業保健活動が推進していくということは、より川上としての、職場環境であったり、集団全体、ミドルリスクの層にアプローチすることができ、一次予防(ひいては0次予防)に関わっていくことができます。活動が形骸化していたり、関係者の意識や考えやベクトルが揃わなかったり、業務の押し付け・丸投げばかりであれば、いつまでたってもそこには辿りつきません。産業医面談をしても、モグラたたきにしかなりません。落とし穴にハマらず、産業保健活動の推進していくことで、おのずと1次予防の活動になり、企業の活性化や、従業員がよりイキイキと働けるということができると思います。

産業保健職が産業保健活動を楽しめない

産業保健活動というものはとても地味で地道でとても難しいものです。我慢強く粘り強く対応することが求められるわけですが、さらに落とし穴にハマってばかりでは、産業保健活動(安全衛生活動)は一向に前に進んでいきません。同じことの繰り返しで、効果も出ませんし、感謝もされません。これはつまり産業保健職としてもやりがいや有意義さを感じない、楽しくないといったことにつながります。そのため、せっかく苦労して採用されて産業保健職として活動し始めたとしても、やりがいが見出せず、楽しくない、面白くもなく、最終的にやめてしまうといったこともあり得るだろう。このような事は産業保健職、産業保健界隈にとっても不幸であるし、前述の通り企業や従業員にとっても不幸です。

訴訟リスク

産業保健活動の落とし穴の大きなリスクとしては、産業保健職自身が訴えられると言うことです。例えば、産業医面談を実施した結果として、「産業医の言動によって体調が悪化した」「産業医によって復職を阻まれた」といったことで訴訟になるケースもありえます。面談の目的が整理されていないことや、休復職時の仕組みが整っていない場合には、面談においてコミュニケーションエラーが生じやすいため、負の感情を引き起こしたり認識の違いをおきやすく、最悪の場合は産業医が訴訟対象になるリスクが高まるように思います。前述の通り、問題が起きてからの事後対応はこじれやすい要素を多く含んでます。また、役割を果たさない人事担当者の代わりに退職勧奨に近いようなことを言ってしまう、ということもリスクが高いと思います。これも役割分担の失敗の結果だと思います。産業保健職としても、日々の言動には細心の注意を払い、産業医の役割や関わりの目的を丁寧に説明することが必要だと思います。しかしながら、やはり状況が整理されていない場合においては、産業保健職が意図せぬ結果を招くことが、どんなに気をつけていても起こりうると思います。そもそも、会社側と従業員側とは対立構造になるものであり、その狭間に産業保健職は立つことが求められますので、訴訟リスクは常に抱えていると言っても過言ではありません。あくまで産業保健活動と言うのは、安全衛生活動の一環であり、かつその主役は労使であり、意思決定は事業者の責任でなされるものという構図を明確にしておくことが必要なのだと思います。産業保健職が主役であるかのように、矢面に立つような構図を作ってしまうと、当然、産業保健職も訴訟の対象となってしまうかもしれません。
 訴訟リスクとは言っても、真っ当な活動を行っていれば、仮に訴えられたとしても、そうそう負けるということはないでしょう。そのため、訴訟リスクを恐れるがあまり、あれもこれもと手を回しすぎたり、リスク回避をしすぎることも、いかがなものかなとも思っています。専門家として、必要なリスクテイクはあると思いますし、必要な範囲のリスクテイクを見極められることも重要で、専門家としての責任を背負うからこそ、その役割に存在感や発言権が出てくるのだと思います。
(「ブラック産業医の落とし穴」もご参照ください)

解雇される

落とし穴にハマってばかりの産業保健活動をしていれば、当然いつかは解雇されることもあるでしょう。残念なことに、落とし穴にハマっていても、それを指摘してくれることはなく、突然に契約を切られるということもあるでしょう。だからこそ、自分が落とし穴にハマっているかどうかは常に内省と自戒が必要だと言えるでしょう。

終わりに

産業保健活動は、落とし穴だらけです。
他の記事で多くの落とし穴をご紹介しております。そういった落とし穴を知ることで、ハマる回数を減らすことは可能だと思います。スルスルと交わしながら、効果的な産業保健活動を展開していただければ幸いです!!

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