![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/162851413/rectangle_large_type_2_7d1e99c90ef2f15989f0291adf7ed5c4.jpeg?width=1200)
ラフカディオ・ハーンとエルピープル
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)(1850-1904)が、東京帝国大学にて教鞭をとっていた際の講義録には次のような発言が残されています。
「妖精」という語が、霊という意味で用いられたのは新しいことです。もともとは、超自然的な力である魔法という意味でした。ウォルター・スコット卿など昔の作家たちも、この意味でときどき使っていました。ずっと後になって、この「妖精」という語は、超自然的な存在とか人間に適用されるようになりました。それまでは、これらの存在や人間は、ElとかElfでした。
El-peopleとは、北方の妖精たちのことでした。
池田雅之訳、1995、p. 283)
ここに、El-people エル・ピープルという非常に気になる単語が登場します。
これは同じ訳者により後年編まれた角川文庫『小泉八雲東大講義録』(2019)による新訳ですと、一層強まります。
古代の信仰的要素については、これぐらいにしておこう。さて次に、北方民族が南ヨーロッパに侵入したとき、彼らはノルウェー、スウェーデン、デンマーク、ドイツからそれぞれ別の迷信をもたらした。中でも、「エル・ピープル」の迷信が有力なものであった。教会側が、人々にエル・ピープルなど存在するわけはないといくらいってみても、無駄であったであろう。さらには、教会自体が、エル・ピープルは存在すると信じるようになっていった。そこで、それを崇拝しないという条件つきで、司祭たちはエル・ピープル信仰を残しておくことにした。
くどいくらいのエル・ピープル連呼です。
![](https://assets.st-note.com/img/1732278751-eIDnivkaC6YSBWKTPchwVLmd.png?width=1200)
ここまできますと、『機動戦士ガンダムΖΖ』に登場したエルピー・プルとの関連を考えないわけにはいきません。
![](https://assets.st-note.com/img/1732281335-YUePBpf86N7Lr5tlnkRATusd.png?width=1200)
それでWikipediaの「プルシリーズ」の項目を調べてみますと、
エルピー・プルの名付け親は『ΖΖ』総監督の富野由悠季で、本で見つけた「可愛い妖精の一族(エル・ピープル)」にちなむ[1]。
[1] 学習研究社『別冊アニメディア機動戦士ガンダムΖΖ PART.2』1987、p. 91
とあり、ハーンの文章からかどうかはともかくとして、妖精を表すエル・ピープルが元になっているのはほぼ確実らしいとわかりました。
そうなりますと、
「富野由悠季はいったいどこからEl-people エル・ピープルを見つけてきたんだろう?」
が気になってきます。
というのも、どうもこのEl-people エル・ピープルなんですが、一般的な単語と言っていいものか、少々悩ましいところがあるのです。
例えばネットで検索をかけてみたのですが、まるで引っかかりません。(現在はこのnoteを書く前にXで私がつぶやいた単語が筆頭に出てしまうくらいです)
それで気になりまして、日本における妖精文学の牽引者で、1980年代の妖精ブームの立役者でもある井村君江が翻訳した、イギリス妖精学の泰斗キャサリン・ブリッグズの『妖精の国の住民』(日本語版初版1981年)も引っ張り出して調べてみました。
![](https://assets.st-note.com/img/1732281618-eIG3pSltBqkbLCvyVT52gxXi.jpg)
特定の場所に結びついた神々が、相当数残っているが、土に比べて水のほうがずっとよく精霊を残している。たとえばドイツの〈森の女(ウッド・ウーマン)〉やスウェーデンの〈小さい人びと(エレ・ピープル)〉といった森のニンフたちは、イギリスにはいない。
以上のような具合で、Elle-Peopleエレ・ピープルは登場しますが、El-people エル・ピープルの姿はありません。
『機動戦士ガンダムΖΖ』の放送開始された1986年は、まだファンタジーがさほどお茶の間に入ってきておりませんでした。
なにしろ最初の『ドラゴンクエスト』でさえ発売は同じ1986年です。
そのもととなっているテーブルトークRPGの『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の日本語版が販売されたのも前年の1985年で、後に『RPGマガジン』に引き継がれる専門雑誌『タクテクス』が隔月でウォーシミュレーションゲームとRPGを交互に載せてゆく形式に変わったのもこの頃でした。
ほかにも例えば映画の『ネバーエンディング・ストーリー』の日本公開は1985年で、『ラビリンス/魔王の迷宮』は1986年です。
専門的にアイリッシュ文学などに触れている人以外は、妖精やモンスターの名前すらほとんど知らないという状況だったわけです。
そんななかで1983年に『聖戦士ダンバイン』を制作した富野由悠季は、かなり早い時期からいわゆる「剣と魔法のファンタジー」に目を向けていたことがわかります。
ですので、その時期でしたら、妖精に関する日本の資料もかなり限定されていたため、富野由悠季がどこからEl-people エル・ピープルを引用してきたのかを特定することは比較的行いやすいように感じられます。
結局私ではその大元まではわかりませんでしたが、こうした書誌学的な考察は、作品の方向性を知るうえでも得られるところが多いのではないかと思って書いた次第です。
いいなと思ったら応援しよう!
![山本楽志](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/30222536/profile_597b8913eaa6ce3b7c19949e8e5b4b95.jpg?width=600&crop=1:1,smart)