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江戸アケミの声を探して

 最近は『ぼっち・ざ・ろっく!』などのロックバンドをテーマにしたマンガやアニメの人気から、日本のロックに再び注目が集まる機会も増え、思いもかけなかった名前を久しぶりに聞いてうれしくなってしまうなんてことが多くなりました。
 そんななかで、私が個人的に話題に上がると無条件で喜んでしまうのは、JAGATARAとそのボーカルでフロントマンだった江戸アケミです。

 私みたいな出不精の運動不足人間でさえ突き動かす圧倒的なリズムに、江戸アケミのどうしようもないからこそがむしゃらにポジティブになろうとする懊悩とやけくそさが突き抜けてくる明るさは、初めて聴いてガツンとやられて以来自分の底で強く根付いています。

 JAGATARAは1979年にライブデビュー、当初はステージ上で江戸アケミによる、蛇を食いちぎる、自分の体を切り刻む、食べた物を嘔吐するなど流血と暴力にまみれたパフォーマンスで話題を集めていました。
 しかし、際物的な扱いを受けることに嫌気がさし、その後本格的なファンクバンドとして路線を変更、『南蛮渡来』『裸の王様』『ニセ予言者ども』といったアルバムで非常に高い評価を獲得、その後1989年にメジャーデビューを果たし『それから』『ごくつぶし』の2作を発表するも1990年リーダーの江戸アケミが急逝、バンドとしては終焉を迎えます。

『南蛮渡来』『裸の王様』『ニセ予言者ども』『それから』『ごくつぶし』
JAGATARAのスタジオアルバムはこれでほぼ全てです

 1979年から1990年までの、インディーズ・バンドブームというふたつの期間を駆け抜けた江戸アケミの存在感は強烈だったようで、彼の没後も、その声が色々なところで活用されました。
 そういうわけで、今回は江戸アケミの裏ディスコグラフィーを紹介してゆきたいと思います。

ナンノこっちゃい音頭

 まずは江戸アケミの没後に編まれたベスト盤『西暦2000年分の反省』を。
 そもそもJAGATARAは、途中にアケミが病気療養を挟んでいた時期もあったため、作品数自体も多くなく、また『裸の王様』以降は1曲が長くなる傾向もあり、ベストと銘打ちつつこの2枚組はほとんど全曲集の様相を呈しています。
 しかし問題はそこではなくて、このアルバムが特徴的なのは、曲と曲の間に江戸アケミの声、ライブ中のMCであったり、留守番電話のメッセージであったり、インタビューに応えたものであったりを収録していることにありました。
 そして、2枚組のラストナンバー「HEY SAY!」の後には、隠しトラック的に未発表曲のライブ音源の断片が収録されています。

なんのこっちゃいなんのこっちゃい
レゲエもブルースもリズム&ブルースもパンクもバンドもみんなぶっとばそうぜ
俺達は俺達の好きにやらせてもらうから

 かなり短く即興に近そうな単調なものですが、観客の掛け声や手拍子が入ってアットホームに盛り上がっているのが感じられて、非常に頭に残ります。

 この音源の全編が公開されたのは、1993年に発売された『JAGATARAなきJAGATARA 1993.2.7』によってでした。
 江戸アケミ没後、ベースのナベ、サックスの篠田昌已を相次いで失ったJAGATARAが最後の息吹きとして残したライブを収録したアルバムで、そこにボーナストラックのような形で(録音は1989年7月原宿クロコダイル)「ナンノこっちゃい音頭」というタイトルで入っています。
 1曲目のインスト曲「LANDSCAPE」では江戸アケミの生前の声がサンプリングで使用し、4曲目の「都市生活者の夜」はアルバムボーカルだけを抜き出して生演奏を加えるという具合に、このアルバムでも江戸アケミの声を聴くことはできますが、やはりJAGATARAの作品としての知名度は高くなかったためか、その後廃盤状態となりました。

 それが30年ほど経過した2020年になり、ギターのOTOなどを中心となり結成されたJagatara2020が出したミニアルバム『虹色のファンファーレ』にて唐突に「へいせいナンのこっちゃい音頭」として再集録されました。

「ナンノこっちゃい音頭」収録の軌跡

 以上3つは番外的ではありますがJAGATARAの作品ですので、江戸アケミの声が入っているのも当たり前といえば当たり前といえるかもしれません。

チンドンの口上として

 それでJAGATARA以外で江戸アケミの声が聴ける作品となりますと、篠田昌已『東京チンドン vol. 1』が挙げられるでしょう。

篠田昌已『東京チンドン vol. 1』(puf-7)
思い切りレコード会社の住所と電話番号が書かれていましたので画像は修整を施しています。

 篠田昌已はJAGATARAのサックス担当として正規メンバーであると同時に、数多くのジャズユニットにも参加、また街頭を練り歩くチンドン楽団にも正式に入社して活動を行っていました。
 このアルバムは、そのチンドンの音楽を残すべく企画されたもので、スタジオ録音と実際の路上での活動記録を収めたもので、江戸アケミが登場するのはそのうちの路上録音集であるディスク2の8曲目「竹に雀」です。
 ライナーの演奏者メンバーにも「江戸アケミ(プラカード)」とクレジットされています。パチンコ店の開店にあわせたチンドン行列で、アケミはその先頭のプラカード持ちとして参加したそうです。楽器は演奏していませんので、当然なにも聞こえてくるわけはないはずなのですが、その際口上をまくしたてていたということで、客を呼び込む声がしっかりと残されています。

野蛮人~マバンツラ~

 そしてJAGATARAやその関係者以外の作品で、江戸アケミの声が使用されているのが、ばちかぶり『音楽芸者』に収録された「野蛮人~マバンツラ~」です。

 ばちかぶりは田口トモロヲが率いたバンドで、ファーストアルバムやEP「一流」のインパクトからパンクバンドの面が強調されがちですが、実はセカンドアルバム『白人黒人黄色人種』以降はファンクへの傾倒を顕著にさせていきます。

ばちかぶり1stアルバム、1stEP「一流」、2ndアルバム『白人黒人黄色人種』

『音楽芸者』はメジャーデビュー作品で、パンク時代の代表曲といえる「産業」「ONLY YOU」のセルフカバーも収録されていますが、基本はファンク路線の発展形といえます。

ばちかぶり『音楽芸者』(WMC3-2)

 そのアルバム後半に配置された「野蛮人~マバンツラ~」は、歌詞カードに書かれた「This Song is Dedicated to the Memory of Akemi Edo(この歌を江戸アケミの思い出に捧げる)」という文章の通り、江戸アケミとJAGATARAへの愛慕に満ち溢れています。
 密林の奥で夜ごと繰り広げられる尽きせぬ荘重な躍りを思わせるテンポを抑えた曲で、比較的軽く歌い上げているアルバムの中でも全編振り絞るようなボーカルを聴かせるのがとても印象的です。
 その歌の合間に江戸アケミの「リズムで解放されるってことあるじゃん」「光ばっかり見てるよ」などの生前の発言がサンプリングされ、文明の中で咆哮を静かに気炎を吐く野蛮人への賛歌の雰囲気を盛り立てているのです。
 それにしましても、

あまりにも地球的な純なペテン師共
あまりにも地球的な嘘の上手い正直者

 という歌詞はあまりにもJAGATARA的です。

 こうして何人ものアーティストが江戸アケミの声を慕って作品に用い、ファンがやはりその声を求めて聴き返すのですが、けれどもそこで感じるのは失われたものの幻影を追いすがる悲壮な姿であり、江戸アケミが亡くなって30年、その期間で起こったであろう変化を聴けない寂しさが募ってくるのです。

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山本楽志
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