御大礼とザリガニスープ
私の記憶が確かならば、ザリガニ料理を初めて見たのは芸能人を格付けするバラエティ番組だった。確か伊勢エビのエビチリとザリガニのエビ、いやザリチリを食べ、どちらが伊勢エビかを当てるという内容で、当時は「うわぁゲテモノだぁ……」と引いた覚えがある。フランス料理ではザリガニが高級食材だと知るのは、それから何年も先の事になる。
今回は11月3日に石川県立美術館で開催された「皇室の食フォーラム」の感想を「皇居三の丸尚蔵館収蔵品展」の感想を色々書いていく。同フォーラムの講師は料理研究家の脇雅世先生。詳しい経歴についてはご本人のwebサイトを各自見てもらうとして、TVドラマ「天皇の料理番」の料理監修をされた方である。同ドラマの主人公の元ネタである秋山徳蔵は大正天皇の即位式(御大礼)の饗宴に供される料理を手がけた方で、講演のトピックの中心はその際に供されたメニューについてであった。
今回のタイトルにあるザリガニスープ(ビスク・デクルヴィス)もそのメニューの1つだという。ビスクとは甲殻類から出汁を取ったポタージュスープのことで、エクルヴィス(デクルヴィス)はお察しの通りザリガニの事。秋山の周囲の者も、ザリチリを見た時の私の様に思ったかは定かではないが、馴染みのある伊勢エビを使ったビスクに変更するよう提案したという。しかし秋山は頑としてザリガニに拘り、それらの提案を跳ね除けた。何故か。それは「本場フランスと遜色ないフランス料理を提供することで、日本が欧米列強諸国と同水準の文明国だと示す事に繋がる」と考えたからである。
ナポレオン失脚後のウィーン会議で、敗戦国が戦勝国に講和条件を飲ませるという離れ業をやってのけたフランス外相のタレーラン。その影には、お抱えの料理人として会議の間しばしば他国の出席者達を接待したアントナン・カレームの活躍があったという。ともあれ、これ以降フランス料理が他国の貴人や外交官を招いての晩餐会におけるスタンダードになっていく。であるならば、文明国の条件とは単に美味しいフランス料理を作れるかどうかではなく、外交儀礼に則って他国の外交官を接遇できるかどうかにあると考えることができる。
歴史の教科書に不平等条約という言葉が出てくるが、なぜ不平等な条約を結ばざるを得なかったのか。それは当時の日本が欧米諸国と同等の文明国だと見なされてなかったからである。関税自主権の回復を成し遂げた=欧米諸国と同等の文明国だと認めてもらえたのが1911年、大正天皇即位の5年前である。そういう時代を踏まえれば、伊勢エビではなく本式のビスク・デクルヴィスへの拘りが一層重く感じられるのである。
また、御大礼にはシャトー・マルゴーなどのワインも供された。マルゴーといえばメドックの格付けでボルドー4大(当時)シャトーとされた内の1つだ。そういう権威あるワインを振る舞うということは相手を心から歓迎しているという指標になる。国際政治の場においては、相手に出すワインの格は相手をどう思っているかを映す鏡にもなるのだから。
しかしそういう「世界最高峰」とお墨付きを得ているボルドーワインであっても、ブラインドテイスティングをしてみたらカルフォルニアワインの方が高評価だった、という話がある。しかもそのテストを行ったはフランスにおけるワインの権威と目される方々。審査員達は後に「フランスワインの名声を貶めた」と猛烈な非難の対象を浴びたという。
結局、権威とはこの程度のものなのだろう。巧く取り入った人にとっては地位や名誉、金の源泉ですが、そうでなければ付かず離れずを保ってほどほどに利用してやればいい。盲信するのも頭から否定するのも、どちらもあまり健全ではない。国宝だから凄いのではなく、どういう点が凄いから国宝に指定されたのか、そんな風に見るのが私は好きである。
ヘッダー画像:東京新聞 下記記事より引用
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