冷めても
僕の好きなものを、好きになって欲しかった。
僕の好きな君に。
奥から流れてくるコーヒーの匂い。滞留した空気と感覚に、真冬の温室を連想する。温かな繭の中に籠っているような喫茶店で、僕は君に謝らなくてはいけないと思っていた。それなのに、約束の時間を4時間も過ぎてもなお、古ぼけた入口にその姿はなく。
クロスのない天然木のテーブルに頬べたを預け、肩を動かすだけの小さな溜息を。カウンターの奥に見える茜色のポットカバーが、キルティングの布目でふっくらと膨らんで見えた。
「……あったか」
窓辺に寂れたこの席にだけ、冷たい空気が忍び込む錯覚。小鳥の囀り。遠くの音楽。景色のない金色の光。
飾り窓の枠と、はらはらと散りゆく影の桜。睫毛の翳が見えるほど、眩しくて。眩んで。
好きになってくれなくて良かった。
僕の好きな君に。僕の好きなものを、僕は好きでいるけど、
君の好きなものも、僕は好きでいたい。
冷めきった豆乳ラテ、ふたつ。
暮れなずんだ花びらは、一枚、二枚、融けてゆく。