夜空のシーツを目指して|詩「花火」
花火
文月悠光
(ひょろろろ……と勢いよく放たれた一匹の精子は、夜空のシーツを目指してまっすぐ駆ける。寸前で尾の動きをゆるめ、まどろむように卵の中へ入っていく。音と色のしぶきを浴びて、私は浴衣の帯をそっとゆるめた。降りそそぐ受精卵を腹に受けとめるため、袂をあけて空を仰ぐ。橋の桟には艶やかな女たちが詰め掛けていて、精子に手を振っている、夏の景色)
橋のむこうから響く花火の音が
足音のように迫りくる。
心臓が脈打った後を
鼓動が追いかけているのだ。
花火、打ち上げ花火。
背中に花火の音を受けて
自転車のペダルは回る回る。
人々の熱気を吸って
私の黒目は開く開く。
夜空はその視線を恥じらい、
赤いつぼみをとじるとじる。
叩いた手の合間に
本当の花が開いて満ちる。
そこに咲いているもの、よ。
ーー詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)より
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解説:町屋良平
帯 推薦コメント:綿矢りさ
装画:カシワイ
装丁:名久井直子
「だから/おりてこいよ、ことば。」「されば、私は学校帰りに/月までとばなくてはならない。」―学校と自室の往復を、まるで世界の淵を歩くようなスリリングな冒険として掴みとってみせた当時十代の詩人のパンチラインの数々は「現代詩」を現代の詩としてみずみずしく再生させた。中原中也賞と丸山豊記念現代詩賞に輝く傑作詩集が待望の文庫化!
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発売日 : 2020/11/12
ISBN-13 : 978-4480437099
文庫 : 158ページ
出版社 : 筑摩書房 (2020/11/12)
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▶︎目次(※一部。文庫版あとがき、町屋良平さんの解説が入ります)