黑世界(黒世界)雨下を観た感想。「どんな夢も、必ず終わる」とわかった話。

黑世界/雨下を観た感想

黑世界/雨下を観た感想


【雨下の章】
ちょうど観劇の日は、朝から雨が降っていて、夜には雨足も強まっていた。私は傘をさして家路に着いたけれど、リリーは傘をさしていなかったな。

■ イデアの闖入者
「朗読劇だ」と思って観に行ったので、距離を取った芝居をしながらも動き回り、かつ歌いまくるものだから、初っ端から個人的にびっくりした。これは舞台だ!久しぶりに舞台を見に来た!という嬉しさ。弦楽器の生音演奏も、生を求めて足を運んだ甲斐がある。

リリーが見る幻覚には「チェリー」という名前が付けられたけれど、単に口に出した時に響きが似たような名前であることが、まず良いなと思った。彼女はリリー以外の登場人物からは話しかけられない/話しかけれない芝居をしていたけれど、彼女が合いの手を入れてくれるので、うまく文脈が補填されながらストーリーが進むのでありがたい。
この章に限らず、リリーが繭期の気まぐれで狂っている時も、チェリーはまるで正気のような発言をしていた。チェリー自体が「リリーの幻覚」という狂った精神の証なのに、リリーが狂いきれないことを証明するかのように、チェリーは理性的に話す構造が印象深い。

長い夢の中から目覚めるリリー。「あのまま幻覚の中にいた方が幸せだったのだろうか」と誰しもが問いかけると思うけれど、正気で歩き続けるのがリリーの呪いであり、TRUMPシリーズの希望かもしれない。


■ついでいくもの、こえていくこと
わかりやすかった。いや、リリーがモノローグで「嘘を見破るのが上手だったはずの親方は、嘘を聞いて笑って死んだ」と説明したこと、わかりやすかった。そこまで言わなくても我々観客は(ストーリー的に)読み取れた気もするので、ちょっとしらけた気持ちにもなったけれど。
観客に「どうして親方は嘘を見破らなかったのか、もしくは見破れなかったのか」を考えさせたかったのかな?


■求めろ捧げろ待っていろ
なんだかオチはわかっていたけど!!音楽が動きのあるものに変わったので、短編集の真ん中に観るのにとても適していたと思う。良いスパイス。
雨下の章は「リリーが永遠を生きるからこそ、時間がたっぷりあるので、出会った人々の結末を見送ることができる」ことが一つの特異性だけれど、この章は一夜の出来事だというのがおもしろい。
この話の冒頭に述べられたように、事実は小説より奇なりというか、いっそ夢だった方が良かったのではという恋。相互に依存した歪な関係なのに、音楽がポップだから悲しい話ではなく喜劇なのではと思えてきてしまう。残酷な喜劇とは、それすなわちメルヘンな御伽話なり。


■少女を映す鏡
老婆の形をした少女が事切れた時に、リリーは「心のない死体を見てどう思うか」と少年に問いかけたけれど、少年は「綺麗だ」と答えた。それが繭期の症状によるもの(死体にも宿る心が見えていた)から言ったのか、それとも繭期は関係なしに、心から「綺麗だ」と思ったのか。その結論がわからないところが、美しい話だなと思った。
(もし結論がわかるとしても、私はわからないままいたい)

最初はリリーは「私はあなたじゃない」と言っていたのに、最後は「私はあなたよ!」と言ってしまうの、やっぱりリリーは優しい女の子なんだよね。
あと、鏡という「そもそも自分の輪郭を曖昧にしがちな装置」を使ってくれたのが良かったな。これが絵画とかだと、また違ってしまう。

リリーは「時間は限りなくあるから、急ぐ旅ではない」と言っていたけれど、まさにその通りで、あえて鏡に留まって様々な人々を見届けるの、不死者ならではの話の仕方で好きなモチーフですね……
話ずれますけど、不死者の旅は「魔女の心臓」という完結済みのハートフルな漫画があるので、気になる方はどうぞ。


■馬車の日
終わりのあるループものだ!しかもリリーが不老不死者だからできるループものだ!!
後半の自ら解説パートがちょっとくどかった気持するけど(TRUMP末満おじさんの「語らない芝居」に慣れてしまってるからそう思うのかしら)、不死者の設定活かしてるじゃーん★と思って、ついテンションが上がってしまった。

なんだか今回、全編を通して、繭期を終えて大人になった吸血鬼でも、または人間でも、繭期のような人はたくさんいるなあ。リリーがまともに見えてしまう、意図的な構図。


■枯れゆくウル
守護者でウルを摂取しちゃうシュカさん。TRUMPシリーズのお決まりの回収役でもありましたね。彼もまたリリーに見届けられる側であったわけだけど、「優しくて哀れな人」と表現された通りだった。

そしてリリーは「ソフィーのようにならないよう、正気をなくさない道を選ぶ」と言う。正確には「自分を誘う狂気にのまれないよう、抗い続ける」ということだろうと思う。
もう絶対の絶対 茨の道だけれど、リリーがシリーズの救いの道を踏む者になるのだろうかと期待してしまう(そして期待したところから落とされそうな気もする)(うわあ)

全体を通して狂気と理性のごちゃまぜ対比が地獄で楽しかった。繭期を終えた吸血鬼も、人間も狂っていて、リリーも狂っているけれど、最後はみんな正気を取り戻す。夢は必ず、終わるんだね。それが良い夢でも、悪夢でも。

日和の章は今度観劇予定なので、楽しみです。

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