【映画感想】世界に蔓延する不調和〜 シビル・ウォー アメリカ最後の日
個人的な見解のため、色々と大目に見てください。
事実確認ができていない事もありますので、ご了承ください。
基本、鑑賞済の方に向けての内容となります。
視聴感はアメリカン・ニューシネマ?
本作の設定は権威主義的なアメリカ大統領が率いる政府軍とテキサス州とカリフォルニア州の同盟からなる西部勢力が対立する内戦。
ジャーナリスト4人がその大統領にインタビューする事を目的に戦火をくぐり抜けてホワイトハウスへ向かうロードムービー。
その文脈を端的な言葉にすると「不条理な世界で目的を目指す旅」。
『イージーライダー』の「目的も無い自由な旅」とストーリー設定としては真逆だが、何故か逆説的にオーバーラップしてしまった。
イージーライダーは1960年頃のアメリカが抱える自由の裏側にある「虚無感」をテーマに制作した作品。本作も世界一の先進大国アメリカが抱える「不安定さ」をテーマとする作品となっている。
その「虚無感」と「不安定さ」がイメージ的にオーバーラップする事が要因とも感じる。
さらにクライマックスの不条理さや直接的な暴力表現も個人的にはアメリカン・ニューシネマの視聴感に近い。
さらに印象的な楽曲の使い方も表現として似ている。
本作はデラ・ソウル、SKID ROW、Suicide などの楽曲が爆音でインサートされ、映像と音楽の世界観が意図的に乖離しているにも関わらず、なぜか見事に成立している(異化効果?)。
それが何とも言えない空気感をつくりだし、一回だけの視聴ではわからないが、独自の世界観を醸成しつつ、映画の難解さをさらに助長していた様に感じた。
ここからネタバレ
戦争映画よりもゾンビ映画に近い、アメリカのディストピア
2024年のアメリカは、「民主主義 × 資本主義」の限界が生み出した保守とリベラルの対立構造、貧富の二極化による大きな分断が進み、解決策が見えない、やるせない空気感が社会全体を覆っている。
題名の通り本作は国家間のイデオロギーによる対立戦争ではなく、テキサス州とカルフォルニア州が手を組むなど、現実とは異なる世界のアメリカでの内戦が映画設定。
また、どちらか一方の正当性を描く事が目的ではないため、戦争の背景や説明は意図的に省略され、どちらの視点が正しいのか?鑑賞者からは判断できないままストーリーが展開する。
その様に戦争の大義が理解できないまま、蛮行と荒廃した世界が繰り広げられる為、戦争映画というよりもゾンビ映画のディストピアな世界の方が近く感じる。
またSNSでも話題になっていたジェシー・プレモンスが演じるレイシストの思想(純粋なアメリカ人以外は殺す)は、ゾンビ映画でも良く見る独善的な価値観でコミュニティを支配する暴君。
そんな存在もゾンビ映画的なディストピアに近いと感じる要因かもしれない。
また演出的にも、使用される兵器はハイテクではなく前時代的なライフル銃が多くゲリラ戦。カメラワークも引きの絵より、人物にフォーカスした絵が多く戦闘のリアリティよりも心理描写が主であるのもゾンビ映画に近いと感じる要因だと思う。
相反するベテランとビギナーの成長物語
リー(ベテランPhotoジャーナリスト)とジェシー(新米Photoジャーナリスト)の二人の変化を中心に映画は描かれてゆく。
上記2人を含む4人のジャーナリストチームが、戦火を抜けて終戦宣言するであろう大統領にインタビューを敢行する事が目的。
一行は道中、さまざまな戦闘に遭遇しジャーナリストとして撮影に挑む。
その際、リーとジェシーの二人が、カメラのファインダーを覗きシャッターを切るシーンが象徴的に描かれる。その様子は兵士が敵に銃の照準を合わせ、引き金を引く行為とオーバーラップしてきてしまう。
もはや戦闘をくぐり抜けてゆく二人の様子は、ジャーナリズムの視点ではなく、戦争に加担する当事者に見えてしまう。
新米のジェシーも経験を積むにつれて戦闘に慣れ、好奇心の赴くまま銃弾が飛び交う前線へ出て行き、危険を顧みずキャリアのために一心不乱にシャッターを切り続ける。
その様子を保護者的な視点で見守るリーの目には、今までの自分とジェシーが重なり、自分自身の生き方を客観的に見つめ直す機会となる。
そしてジェシーの成長とは逆に、「生」に対し、尊厳を軽視してきた自分の生き方に懐疑的になり、Photoジャーナリストとして自負していたリーの価値観も次第に揺らいでゆく。
一方、そんなリーの動揺を察する事ができないジェシーは、死んでゆく仲間の死にも慣れ、Photoジャーナリストとしての道を貪欲に突き進む。
やがてクライマックスではジェシーの身代わりとなって、銃弾に倒れるリー。
リーはジャーナリズムよりジェシーの命を選択し、今までの贖罪と人間としての成長を死と引き換えに手にいれたのだろう。
その反面ジェシーはリーの死に際すら、躊躇いもなくシャッターを切る。
人としての倫理観を無自覚に捨てて、獲得したジェシーの成長物語。
これは戦争に能動的に加担してゆく兵士の様に見え、本当に後味がよろしくない。
誰も救えない戦争とジャーナリズム
多大な犠牲を払って実現した、大統領へのインタビューも信念や大義も無く命乞いに終始するありさま。
ラストは無様に殺された大統領の死体を前に、英雄気取りな笑顔の兵士たちを撮影し、その写真で本映画は終わる。
その写真はリアリティのある報道写真には決して見えず、他愛もない日常を写した軽薄なスナップ写真に見える。
この映画全体が現在の世相を象徴してるかの様に見え、皮肉なメッセージとして感じられた。
視聴者は誰にも感情移入ができず終始、半歩後ろから着いてゆく感じ。
本来であれば駄作となるはずなのだが、何故かこの映画では見事に成立している。2024年現在、何と戦っているのか不明瞭な空気感と、この映画が符合している様に感じられた。
なんとも言えない映画であるのだけど、名作だと感じてしまう不思議な作品。
監督 / 脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニ―
原題:CIVIL WAR|2024年|アメリカ映画|