超年下男子に恋をする㊼(そして彼はバイトを辞めた)
三月になるともう彼が辞めるということは学生の間にも知れ渡っていた。
そしてミワから聞いたけど、マウント女子高生カリンが彼と最後に一緒に遊びたいと言っていると言う。
「遊べばー?」
と私が言うと
「え、一緒に遊びましょうよ」
とミワが私に気を遣って言う。
「いいよ、いいよ、若い子同士で遊べばいいじゃん」
(なんで私がカリンが彼に色目使う場にいなきゃないんだ)
そう言ったけど、カリンがお別れ会をやりたいと私に相談してきたので、一応話は聞いておいた。
すると、なぜかメンバーに男子高校生のカイがいる。彼は特にカイと親しいわけではない。
「それならむしろリョウ誘ってあげなよ。仲いいから」
この頃になると、二人でスノボ行くぐらい、彼とリョウは仲良かった。
そして最初に決まった日程。その日は私は行けたけど、カイが行けなくなったという。それで延期。
正直、カイの都合優先の意味がわからなかった。でも男好きのカリンは男子が一人でも欠けるのは嫌だったんだろう。そもそも彼のお別れ会というより自分のため。彼のことを考えるならカイじゃなくてリョウを誘ったほうがいいのは明白。まあ、それがわかってるのは私だけかもしれないけれど。
まあ結局延期だけど。そしてそのまま流れると思った。でも話は水面下で進んでいたのだ。私の知らないところで。
それはともかく、彼と一緒にバイトできるのはあと少し。
私と彼は名古屋飯が好きだというのが共通点で、彼が名古屋のパスタが食べたいというので、がんばって初挑戦で作ったけれど、そもそも麺が太いのが入手できなかったし、これは名古屋で食べたこともなかったので、本来の味がわからない。
なので正直失敗した……。
ミワはおいしいと言って食べてたけど、彼は「まあ食べれますよ」みたいな感じ。
でも「今度三人でおいしいの食べに行きましょう」っていうのは失言王子なりの配慮と受け止め、全部食べてくれたことにも一応感謝した。
だけど結局それもかなわず。
彼とシフトが最後の日。
私は彼の姿を目に焼き付けようとするように、レジ上げをする彼の動画を撮り続けたり、もはや泣きそうだった。
なのに当の彼は別れを惜しむでもなく、「これが最後じゃないですよ」と相変わらずのんきだった。
若い時ってなんで時間が永遠にあるように思っちゃってるんだろう。年を取れば取るほど仲がいい友達にだって一年に数回しか会えなかったりもする。一番顔を合わせるのは職場の人。家族でさえ同居でもしてない限り、そんなに会えるわけでもない。ましてやそれ以外で会いたい人にはなかなか会う時間も作れずあっというまに時間は過ぎる。
彼はいつか言ったのに。
あれは出会ったばかりの頃。
同級生が夏休み海難事故で死んだという話を彼がした。それはあまりにも突然だったと。それまでクラスで毎日一緒だった同級生がある日突然会えなくなったと。
しかもいないはずなのに、背後から声を聞いたという。
「それはきっとそこにいたんだよ」
私がそう言うと、彼は素直に「そうですね」と言った。
彼はそういう子。
バイト先の店で霊が出るって話もあったけど、
「ほら、うしろにいるよ」
と私が脅すと、
「おじいちゃんだと思います。僕のこと守ってくれてると思うんです」
とホラーをあっさり美談に変えた。
彼にとって会えないってことはそれほど意味をもつことではないのかもしれない。心の中で想う限り、ずっとその人はそばにいる。同級生もおじいちゃんも。名前を忘れたコンビニバイトの人も。
私のことも名前忘れても覚えていてくれるんだろうか。最後じゃないってそういう意味?
でも私は会いたいときに会える関係になりたかった。
バイトを辞めたその日から、過去の人になるのが嫌だった。
何の接点もなくなる私たち。
以前バイトでお世話になった人。
そんな人いちいち覚えているだろうか?
よほど印象に残っていない限り、名前も顔も薄れていくんじゃないだろうか。私は数多くのバイト経験からそう言える。仕事を教えてくれた人はたくさんいたけれど、そのすべての人をいちいち覚えているわけじゃない。
忘却は罪だと言った人は誰だっけ?
亡くなった人の本当の死は誰の記憶にも残らなくなってしまってからだと思う。今亡くなってる友人もただ会えない友人も私の中では同じ想い出の中にいる。
私は彼のおじいちゃんほど同級生ほど彼にとって大切な存在ではないだろう。だからきっと忘れられていく。砂みたいにさらさらと記憶からこぼれて消えていく。
そして彼がバイト最後の日。
私はシフトが一緒ではなかったし、迎えに行くこともなかったけれど、「おつかれさま、今までありがとう」とLINEを送った。
彼からは特に挨拶もない。
彼は店のグループラインには、これまでお世話になったお礼を文面にして残した。文章が苦手な彼ががんばって書いたと思う。
でも私には? 彼を最初から担当し、一番多くシフトが重なっていて、いつも一緒に働いた私には何の言葉もない。
どういうつもりかしらないけれど、私はそれが本当に寂しかった。
たとえこれが最後じゃないと思っているにしても、それはないんじゃないかとも思った。
高校生の子たちでさえ、辞める時は必ず私に個人的な挨拶やお礼があった。特に親しくないパートさんも個人的にメッセージをくれた。
別に恩に感じろとは思わないけど、誰よりも目をかけて育てて親しくもしていた彼が私に対して何の挨拶もないというのは正直がっかりでもあった。
半面、彼が言葉足らずで自分の想いを伝えることが苦手なことも知っている。店へのあいさつはありきたりな文面だったから何かを参考にがんばったんだろう。
私が最後最後というのを否定してくれただけでもうれしかった。また会おうとはしているのかなと。
確かにバイト後これでまったく会わなくなったわけじゃなかった。
それはあの事件があったから。
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