超年下男子に恋をする㉓(僕だって恋がしてみたい!)
彼はまだ恋を知らない。
「彼女がほしい」と言っていた理由は友達に焼き肉をおごらされるから。
毎年恒例の賭けになっていて、彼に彼女ができたら友達が焼き肉をおごる。できなければ彼が友達におごる。しかも友達は一人じゃない。
「また僕がおごらなきゃなくなるから早くほしいんですよー」
そんな彼にとって「恋」というのは、「よくわからないけどおいしそう、きっといいものにちがいない」と子供が大人の食べるものをうらやましがる感じに近い。
彼にとって彼女の条件は、同じ年ぐらいで、かわいい子。一目ぼれが望ましい。年下は自分がリードしなきゃないからダメで、年上は一つか二つ上までじゃないとダメ。
彼の同級生の友達は、すでに結婚して子供がいたり、社会人の彼女と同棲していたりとどうも彼とはちがうタイプ。
以前彼と一緒にいたときも、突然夜遊びのお誘いでその友達から電話が来たけど、ずっとラップで最後までしゃべり倒していた。
その友達に連れられて、彼はナンパに紹介にとがんばった。その話も出会ってすぐの頃に聞いている。
ある時、自分の友達一人と女子二人と飲みに行ったが、どうやら女子が話を聞く限りギャルで、振り回されて終わったらしい。
友達が途中でいなくなったので、探しているうちに女子とははぐれたらしいけど、そのあと、泥酔した女子から電話がかかってきて「つきあうの!どうするの!」とキレられ「つきあいます!」と言ったらしい。
なんだかよくわからないうちにつきあうと言わされたけど、とりあえずこれで自分も初めて彼女ができたと喜んでいたら、翌日、酔いから冷めたその子から、その話はなかったことにされ、一方的に絡まれ、一方的に振られた結果に終わったそうだ。
「もしその子と付き合っていても、その子が酔うたび、迎えに来いとか来なきゃ別れるとか振り回されていいように使われてたと思うよ」
と私が言うと
「うわー、絶対そうなってたぁ! よかったぁ!」
とほっとした様子。
彼は基本的に女の子のことがわかっていない。
私はバイト先の若い女子たちとも仲がよかった。
みんなよく「聞いてくださいよー」と私に話に来る。
その時たいてい横には彼がいるのだけど、女子たちにとって彼は空気。
女子たちが
「聞きたいですかー? 誰にも言わないでくれますぅ?」
と彼にも話したそうにしてるのに
「あ、僕、まったく興味ないんで」
とあっさり言う。
相手がどう反応しようが女の子は言いたくてしかたないのだし、適当に合わせて言わせてあげればいいのに、余計なことを言うのが彼。
そして興味ないと言いつつもその場にいるから結局は聞かされる。しかも彼にとっては恐怖のリアル「女子高生の世界」。
女子高生の方が彼より経験豊富だったりするし、彼はだんだん年下の女の子たちのことさえ怖がるようになる。
バイトの女子二人が同時期に手を出してきた社員に報復したときもそう。
その社員の彼女に関係をばらした上に、私やバイトの子たちに男の恥ずかしいLINEを拡散。
普段おとなしい子まで「ざまぁ」みたいな感じで、私もこれは笑い話にしたけど、彼は女子の裏の顔を見たみたいな感じで怖かったらしい。
私と二人になった時、「女子怖い……」と言い出した。
若い女子たちにとって彼はガキ臭くて恋愛対象にはならないらしく、年上の遊び慣れた社員にみんなキャーキャー言っている。
同年代の女の子なんてこんなものだ。
それでも彼は同じ年頃の女子じゃなきゃダメなんだろうか。
「彼女ほしいっていうけど、デートの時のお店探したりできるの?」
と私が聞くと、
「いくつか彼女が好きそうなお店を探して、彼女に選んでもらいます」
と彼は答える。
「それ、私が君にやってることじゃん」
彼はいつも無自覚に私の真似をしている。
「でもそれ毎回毎回できるの? お店だけじゃないよ、どこ行くかとか何して遊ぶかとか全部自分で決めれるの?」
もうこれじゃ「初めてのおつかい」ならぬ「初めてのおでかけ」。
「僕、もう彼女なんていらない!」
めんどくさくなって彼はふてくされる。
私にしとけばいいのに……なんて言えない。
彼にとって私は何でも話せるお母さんみたいなもの。
彼の数少ない恋愛ネタはもう何度も聞かされている。
話すネタが少なすぎるから彼の恋愛話はいつも同じ。
相席茶屋に行った話もその一つ。
知らない女の彼氏の愚痴を散々聞かされて、お金まで払わされて、自分にいい思いなんて何一つなくて
「僕、全然楽しくなかった!」
と不満顔。
私にしておけばいいのに……でも、本気でそんなこと言えない。
私は「恋愛対象外」だから。
恋にあこがれるだけの彼にはきっとわからない。
楽しいだけが恋じゃない。
つらさも切なさも彼は知らない。
だから平気で傷つける。
私の気持ちはわからない。
「彼氏作らないんですか?」
「見合った人見つけた方がいいですよ」
「僕みたいなのどこにでもいますよ」
にやにや笑って言うけれど、そのたびどれほど傷つけられたか。
さすがに泣きそうになった時、私は言った。
「別に誰にも愛されなくても大丈夫。それで私の価値が下がるわけじゃないし。誰がどう思おうと、私は私の味方でいるし、私は絶対大丈夫!」
私を愛そうとはしない彼の言葉が悲しくて、悲しいからこそ、自分で自分を必死になって励ました。
「山田さんって強いですね……」
彼は心底感心したように言った。
ほらね、何もわかっちゃいない。
私は誰よりも彼に愛されたい。だからこそ彼の言葉でボロボロだ。
そんな痛みや切なさを経験したこともない彼にはきっとわからない。
でもそれをわかってほしいわけでもない。
こんなつらい思いを味わってほしくないとも思う。
だから恋なんてしない方がいい。
そう思って私は言った。
「恋なんて、別にしなくたっていいんじゃない? めんどくさいし、煩わしいこともたくさんあるよ」
「でも、僕だって恋がしてみたい! どんなものか知ってみたい!」
その言葉でまた傷ついた。
目の前の私には恋してませんとはっきり言っている。
もしも誰かに恋をして傷ついたことがあるのなら、私がこの時どれだけ傷ついたかも少しはわかったかもしれない。
だけど恋はしないでほしい。
私のものにならないのなら、誰のものにもならないで。
本当に恋はエゴの暴走。
自己嫌悪の繰り返し。
ちょうどいい距離感でそばにいられれば、それだけでよかったはずなのに。