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『一歩目からの俳句体験』
【0:はじめての一歩】
皆さまごきげんよう。芙蓉セツ子と申します。
わたくしは最近、俳句からのご縁で様々な方と交流をさせて頂きましたり、句会を催させて頂いているのですけれども、その中で時折、
「俳句は楽しそうだけれども作り方が難しそうだから眺めて楽しんでいる」
といったお声をかけて頂くことがございます。
もちろん俳句は鑑賞することで美観を楽しむことが出来る文芸の一つです。
けれども、もし「決まり事がよくわからない」という理由が一歩を踏み出せない壁になっているのであれば、それは少し惜しいような気もいたします。
人間は何事も最初の少しの段差を超えるのには相当な気力が必要なようで、例えば語学、あるいは運動や芸事も、いつかは――、と思いつつ触らずじまいになってしまうことが、他の分野ではわたくしにもよくあるのです――。
そこで、ここでは俳句をまだ一句も詠んだことの無い方と共に、まず、その「第一歩」となる「一句目を一緒に作句体験してみよう」という試みを記して参りたく存じます。
確かに、俳句は踏み込めば踏み込むほど学びの尽きない奥の深い詩形です。けれども今回、ここではその一歩目として「3つの手順で1句詠んでみる」ということを試してみたく存じます。
本稿を読了する頃にはあなたの初めての一句が出来ているという寸法です。
あくまで一歩目ですので大丈夫です。引き返すことも進むことも出来ます。
そして完成しましたら是非、俳樂會へご投稿いただけましたら幸いですわ。
【1:材料を集める】
俳句が難しいと仰られる方と「季語がよくわからない」という会話になることがございます。確かに、他の詩には無い決まりごととして「季語」は俳句の特徴であり、そして壁なのかもしれません。
けれども、この季語は「はじめの一歩」の大きな味方となる「羅針盤」でもあります。
季語は長い年月をかけて研ぎ澄まされてきた四季折々の情感を起こす言葉の「鍵」と言えるかもしれません。ですからこれを使わない手はありません。
例えば、今回は晩秋の季語である「夜寒(よさむ)」を例に進めてまいりましょう。この季語は文字通り、秋が深まった頃、夜になると急に肌寒さが感じられてくるというものです。
さて、それではこの「夜寒」という言葉を聞いて一体どのような情景を想像するでしょう。夜の港の静けさか、あるいは街の中に一つ佇む街灯か、これは十人十色の思い浮かべるものがあるかと存じます。
まずはそれを「材料」として一度書き出してみましょう。
自分の想像が視覚化出来れば良いので、箇条書きでも短文でも大丈夫です。
例:夜の肌寒さ うなじ 軒先に街灯が一つ寂しげに点いている 虫の声
これで1つ目の難所である「季語」を攻略し俳句を詠む準備が整いました。
【2:感動の中心を決める】
第一段階を終えた方の手元にはいま材料を書いたメモがあるかと存じます。
その着想を横に置きながら、次の段階「感動の中心を決める」という作業に進んでまいりましょう。
この第二段階の要点は、「削る」ということになります。
俳句の特徴はその短さにあります。5・7・5の17字に材料を詰め込むには「感動の中心」のみを残して他は切り捨てなければなりません。
「最も重要なことはなにか」「感動の中心はなにか」ということを考えていきます。そしてここで俳句の用語「切れ字」という概念が出てまいります。
17字という制約の中で、感動に余韻を持たせるため苦慮した先人の知恵と呼べる技術と呼べるかもしれません。
この「切れ字」本来は多様な手法がありまして、単純化は出来ないのですがここでは第一歩ということで俳句でよく見る「~や」「~かな」「~けり」に限ってみたく存じます。
詳しい文語文法の解説ですと「~けり」は「活用語の連用形に接続する」といった説明になりますし終助詞「~かな」も接続の決まりがあるのですが、今回は兎角、最初の一句を目指すのが目標ですので一旦ここでは省きます。
さて、先ほど「材料」を書き並べたものがあるかと存じますけれども、その中で最も主張したいもの、句の中心となるものを考えてまいりましょう。
例えば先ほどのわたくしの例、
例:夜の肌寒さ うなじ 軒先に街灯が一つ寂しげに点いている 虫の声
ですと「ふと軒先に出てみたら、うなじを夜風が通り過ぎて晩秋の肌寒さを感じた。どこからか虫の音が聞こえる」という文章になるかと存じます。
ここで感動の中心、最も心が動かされたものは何でしょうか。
街灯でしょうか。虫の声でしょうか。勿論俳句によってはその場合もあります。けれどもここでは、ふと首筋に感じた肌寒さに晩秋の訪れを感じましたので感動の中心はやはり「夜寒」になるかと存じます。
同時に、今回は俳句の中に「虫の声」という材料を入れる余地が無いことに気づきます。このようにして、使う材料を厳選していくことになるのです。
この感動の中心を、余韻を持たせて読む人に味わって欲しい。
ここで先人の知恵である「切れ字」が生きてまいります。
「夜寒かな」としてみることで、単に「夜寒」と書いて終わるのとは異なりその後に余韻が生まれるのです。
ちなみにここで感動の中心をひとつに絞ったのは、17字という短さの中で二つ以上の中心点を置いてしまうと、感動が分散してしまうためです。
ですので、原則として切れ字は同時に二つは使わないほうが良いとされております。
これで早くも俳句の2つの壁「季語」と「切れ字」を攻略することに成功いたしました。あともう一息です。
【3:俳句の形にしてみる】
ここまで「材料」を集めてそれを「削る」ことで、「季語」と「切れ字」の壁を乗り越えてきました。
それではいよいよ、残ったエッセンスを俳句の形にして参りたく存じます。
ここで重要なことは単純明快で「5・7・5」の17字の形に整えていくということです。
材料の配置の順番、言葉選びに存分に時間をかけるところでもあります。
俳句の広い世界には5・7・5の形に囚われない表現を目指した先人の系譜もありますが、ここでは基本である「定型句」に着想を落とし込んで参りたく存じます。
例えば、
例:夜寒かな うなじ 軒先に街灯が一つ寂しげに点いている ✕(虫の声)
となった場合、もし「うなじ」という単語が使いづらければ「後れ毛」という表現にしてみることも考えられてきます。
この3つ目は存分に時間をかけて悩むべき手順です。
ひらがな一文字に何時間悩むこともあるかと存じます。
こうしてあれこれ言葉を選んで悩んでいるうちに、徐々にはじめての一句が17字の形を伴って眼前に生まれて参ります。
今あなたが悩んでいるその17字は、産声をあげようとしているその短い詩は、おそらく「季語」と「切れ字」を用いた「5・7・5」の「有季定型」と呼ばれる立派な俳句の詩形になっているものかと存じます。
もう怖いものはありません。
山道は遥か雲の上まで続いて果てしないように見えますがあなたの手には既に「季語」を味方にする杖が握られ、その靴は「切れ字」の崖を登ることも出来るものになっているかと存じます。
もしもう一歩進みたくなったらそれはその時。またご一緒いたしましょう。
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