世界の果てにthanksとBossa Novaが鳴り
THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの歌でCDと違うものについて考えてたらもろきゅう日記のことを思い出したので見に行った。ヘッダ画像をおかりしています。
それについては字数が足らなすぎるのでまた次回書くしかないんだけど、最後に見たもろきゅう日記(正式名称は日々もろきゅうです)は12/20であり、随分長いこと見なくなってしまっていた我が身の浅薄さについて考えざるを得なかった。
ここでくはらは誰かに感謝していた。文脈から読めば大阪の友達と、磔のオーナーと……に感謝しているように見える。この全てを言い尽くさない感じから勝手に想像すると、といいますか正面からいうのは重ねた歳的にしづらいのかはわからないが、長い間ともにいた同級生(学年は自分が下でしたっけ……)に対して発した言葉なのだろうか、と邪推してしまった。彼らが好きな場合、邪推せずにはいられないだろう……
この前の日には、奇しくもなんか変な指摘をされてしまっていたらしく「なんか……」と悲しくなった。
大阪で良いことがあった前の日でよかったというべきか、次の日じゃなくてよかったと言うべきか……どんな野暮なことを言われてしまったのか想像はつくけど決して調べたくはない。逆に、そのような目にあってしまったことによりくはらが次の日に野暮なことを言いたくなったのだろうか。もちろんこちらの野暮とは相当に前向きな野暮である。野暮という単語自体が暗喩といいますか……
また、ここの望まない機能であるおすすめを見てしまい、献花の会というものがあったことを知った。知らなくてよかったとは思ったが、あることは知っていたのでどのように周知されるのかとは思っていた。
もちろんそれで思い出したのもあるかもしれない……ぼくがまっさきに見ようとしたのはどうしてもwild wild sabrina heavenのリボルバー・ジャンキーズだったからです。
このeverytthings gonna be alrightとはROSSO後期のCDに封じられた歌で実際に歌詞にまでなってしまった。果たしてそこでRossoは終わった。ぼくは初期Rossoと後期birthdayが好きだ。
リボルバー・ジャンキーズとはステージ版がCD版と大きく違う。このような歌はそこそこある。リリィ、ジェニー、世界の終わり、CISCO……CASANOVA said LIVE or DIE以外でこれらが封入されることはあまりないのだが、それは歌詞がかなり違ったり、そもそもボーカルがある部分で客にマイクが向けられて歌われてなかったりするからなのだろうと思っている。
そういう歌を聴いた時に、何も知らない人がそういう音程の歌なんだと思ってしまうから。くはらは特に客にマイクが向いたときでも客と一緒にハーモニーの部分をきちんとマイクに顔を向けて歌ってくれるのです。
くはらは普段ボーカルを真剣に見つめながら叩いている。次に移るのか、度のタイミングで歌を終えるのかを伺っている。自分を抑えて楽しめてないのかとかそういうのではなく、冷静さを持っていてそういうものなのでしょう。といいますか、ステージ中央に目を向けることで3人全員を視界にいれておこうと努めているのでしょう。
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