チャド・ローウェンに捧げる
曙太郎が逝ってしまいました。ヘッダ画像をお借りしています。
ぼくらみたいなおたくに親しい太郎の情報といえばDEATH NOTEです。まだ夜神総一郎が生きていた頃のライトが、妹かなんかに12/31のテレビなにみんのとか言われて、僕はボブ・サップVS曙を観ると答えた。
それぐらい現役時代の太郎を知らないので申し訳ないんだが、太郎はぼくのなかでしたたかな外国人という印象を抱いていた。それは申し訳ない。
だってある分野で大成功を収めて、さっそうと引退し別の分野へ移行した。上記のようにそのときの最強漫画内ですら描写されるほどの話題となるほど注目されていた。
つまり成功者のイメージだった。健康にも気をつけてるんだろうなとか思っていたのでよりによって今日まで何回も書いているちばゆうすけと同じようなタイミングで同じような世代だったとすら思わなかった。
とんでもないエピソードを聞いた。確かに外国人の相撲といえば曙とか八十吉(小錦)が想像される。八十吉は教育テレビを席巻した。頭をレゲエっぽくして、アロハシャツを着てウクレレを弾く。あそこまでの転身は見事である。
そしてぼくらのようなにわかにとって、八十吉と太郎のどっちが先輩かなんて知らない。八十吉が先輩だったらしい。何かと親交が深かった。だけど八十吉を重要な役(この制度いつまで続けるんだ?)から引きずりおろすきっかけとなった勝負がこの二者間であった。
太郎が八十吉を打ち倒せば、八十吉は重役から落ちるというものだった。当時の太郎は完全に脂が乗っており、それでもあの体格差の八十吉を押し出せてしまったらしかった。教えてもらったことを叩き込み、最悪な恩返しをしてしまったと。休場したかったと。だが、手を抜いたりそんなことするのが一番失礼だと思ったと。ぼくはそれを聞いて、まるで異世界に飛ばされてギリシャの奴隷兵士のように戦わされる剣闘士みたいな人の生き様みたいなものを感じてしまった。実際2人とも帰化するほど日本が好きなようなので、この喩えはあまりにも失礼なのだが……
それでも黒船来航みたいなイメージがどうしてもあるのだろう。失礼だが……
そして八十吉は太郎にこんなことで泣いたり立ち止まったりするような立場じゃないんだお前はと言って負けたらしかった。八十吉を押しだして頭を下げたときの太郎は今にも泣きそうな顔をしていたらしかった。
そして別のイメージではバラエティで消費される人というものがあった。ぼくが非常に嫌いなリンカーンという番組があり、あの時間帯のあのバラエティの感じ、っていう雰囲気がだめだった。仕方なく見る機会があり、その時に太郎がでていた。
原西のおかんと藤本の母さんを乳母車みたいなのに乗せて、島一面を貸し切り障害物競走みたいにするというもの。吉本は毛嫌いしているが、原西が好きなことは散々お伝えしたはずだ。
あと三村大竹、天野と鈴木もいるからましだったといえよう。だが東京笑いを関西で塗りつぶそうとするような低俗な番組でしかないと今でも思っている。いわんやあの時間帯の番組をや。
その番組の中で、道端に倒れている太郎をみんなで転がして、原西のおかんが車椅子を通れるようにしようというのがあった。原西のおかんもかなり前に逝ってしまった。おかんはずっと太郎ちゃん、太郎ちゃんと自分の子供のように読んでいたことが今でも忘れられない。転がされる太郎を見て、この腐りきったバラエティに対し、おかんは何かしらを思っていたのだろうか。それはぼくの見方が穿ち過ぎか。
そこまでやる、なんでもやるのだなという強かな印象がここでも勝った。実際その後プロレスに移行したり、2017年ぐらいからはずっと休養していたなんて知らなかった。
若貴人気とか、それに対する悪役みたいな時代を言葉でしか知らないが、悪役なんてやらされるプレッシャーはいかばかりか。若かった太郎からすれば異国でそれさえも自分が強くあり続けるための化石燃料として燃やせたのかもしれないが、そこまでの男、日本最強の男は寿命を全うできたのだろうか。もうぼくにはわからないのだ。
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