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志村ふくみ100歳記念展へ
東京虎ノ門の大倉集古館で開かれている志村ふくみ展へ行きました。
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志村ふくみさんは1924年生まれで、今年百歳になられた染織家であり、随筆家。
中学の国語の教科書に掲載されている文章「言葉の力」(大岡信 著)に出てくる染織家としてお名前を見たことがある方もいるかもしれません。
志村ふくみさんの展覧会に行くのは、2016年の世田谷美術館での特別展以来で二回目。
前回初めて展示を観た際も自然の草木で染められた内側から輝くような色が印象深く心に残りましたが、そこで志村さんの随筆や書籍を知り、染織への情熱、自然や芸術に対する深い思索、流麗な文章、瑞々しい感性で表される色の描写などに強く惹かれました。
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書籍を読んでから実際の作品を観るのは今回が初めて。随筆の印象と重ねながら鑑賞しました。
〇 「秋霞」と「野の果てⅡ」
今回の特別展の題名にもなっている、志村さんの最初の着物作品「秋霞」と直近の作品「野の果てⅡ」の二作品が特に印象的でした。
「秋霞(あきがすみ)」は志村さんが初めて制作された着物で、日本伝統工芸展で受賞し、染織家としての道を切り開くきっかけともなった作品。藍色に無数の白いつなぎ糸が入った、秋の空に霞がたなびくさまを表しているような着物です。
実際に作品を見ると、表現への思いが糸の間から零れ落ち迫ってくるような力強さを感じます。経糸を一本一本張り、杼を使って緯糸を通していく作業のうちに、その時に抱いている思いや空気や時間も織り込まれていくのかもしれないと思わされる作品。
藍色のグラデーションに浮かぶ白いつなぎ糸は、空気が冷たく澄んでくる秋の夜明け前の空に無数の星がきらめいているようにも見えて、それが将来を見通すことのできない暗さの中にありながら織物への強い思いがきらめき揺らめいている姿にも重なりました。志村さんの随筆の中の「夜の明けきらぬうすあかりの中で、私はさだかには見えないものを掴みたいと思っていた」*1という染織の仕事を始めた頃を表した一文が思い浮かびました。
「野の果てⅡ」は百歳を目前にして芸術に身を捧げた生涯を振り返った直近(2023年)の作品。
春の柔らかな空気の中にふわっと上っていきそうな、または天上の色がふわりと下りてきたような優しい色合い。
染織を仕事とするまでの必死の努力、仕事を始めてからの「いかに仕事を愛していようと、圧し潰されそうに強烈なものである」と表現されるほどの迷いや煩悶*2、たとえば藍が建てられるようになるまでの挫けそうになるほどの試行錯誤…本を読んでいてそんな印象が強かったからでしょうか、「野の果てⅡ」の色合いは、はっとするほど柔らかく感じました。
優しく、穏やかな美しい色合い。それはまるで「色とたわむれる」姿のようです。
着物作品は「野の果てⅡ」と名付けられていますが、「野の果て」という作品は志村さんが十代の頃書いた童話にお兄さんが絵を描いたもの。病のため二十代で亡くなった画家のお兄さんに恥ずかしくない仕事をしたいと染織に取り組んできたという志村さんの、心の柔らかい部分にあるとても大切なものを、ずっと忘れることなく大切にしてきた生き方を思いました。
〇 たとえば、甕のぞき
志村さんの随筆の中に出てくる「甕のぞき」という言葉があります。それは藍甕で建てた藍が時とともにだんだんとその色の成分を失っていき最後に表れる静かで品格のある、しかし滅多に染められないという、たとえば次のように表現されている色。
「音でいえば、微かな囁くような音、香りでいえばふっとゆきすぎてしまうような微かな香り。それなのにたしかに糸の中に存在する藍の最後の生命の色、それが『甕のぞき』である」*3
文章を読みながら、どんな色なんだろうと思っていた色を実際に見ることができました。
その他にも、藍のさまざまな色合いのそれぞれ違う美しさ、紅色の愛らしさ、紫の高貴さなど、実際に織物を見ると、まるで色たちが呼吸しているようにも感じられます。それらは命の明かりが灯っているようでもありました。
蚕の糸を使い、自然の草木から染められた色は、命の色であり地球の色でもあるのだろうと思います。彩り豊かな世界で生きていること、そして自然はこの世界に明かりを灯してくれている存在なのだと感じる時間となりました。
〇 一番印象的だったこと
展覧会では「小裂帖」も展示されていました。「小裂帖」はその名のとおり小さな裂を集めてきれいに貼られたもの。
三十代の初めに染織の道に入ってから「織りに織ってきた」という志村さんの染織人生。
小裂帖に貼られたたくさんの小裂を見ていると、「織りに織ってきた」という言葉が実物として展示され、それを見ているような気がしました。
作品を制作する際に出た端切れ、小裂帖に貼られているのはおそらくそのごく一部でしょう。
様々な自然の植物を取ってきて染液を作り媒染して染め上げ、着物の模様をデザインし、一本一本糸を機にかけ織っていく。
一つ一つ色や模様が違うたくさんの小さな裂を実際に見て、そこにどれほどの時間と労力を注ぎ込まれてできたものかを思いました。
手で織るという作業によって、その時の思いや空気感や時間、すなわち人生の一部が織り込まれるのかもしれません。
糸や色の息づかいを感じるような実物の作品を見て、志村さんの染めに染めて織りに織ってきた日々の一部を垣間見た気がした特別展。
観覧し終わった後も色色が脳裏に浮かび、しばらく余韻が続いています。
*1『一色一生』(今日の造形<織>と私)より
*2『ちよう、はたり』(未知への旅)より
*3『色を奏でる』(藍の一生)より
〇 追記(2025/1/6)
上記は、前期展示を観覧しての感想でした。
後期展示を観に行って感じたことを追記したいと思います。
着物作品は表題の二作品(「秋霞」と「野の果てⅡ」)以外は、前期後期でほとんど入れ替えられていました。
前期展示では美しい色により描きだされるグラデーションに目が惹きつけられましたが、後期展示では新たな表現を試行しているような作品が印象に残りました。
「四苦八苦思うようにならなかった」との説明がありつつも、斜めで大きく切り替えられたデザインが印象的な「鳰の湖(におのうみ)」。
絣の技法で作られたという、白地に潔くまっすぐな道が通っている図柄の「歴程」。
生糸と生絹という違う種類の糸を交互に細縞で経糸に入れることで、質感の違いで生地に凹凸のようなニュアンスが出ている「三夕(橘)」。
まるで光の反射のような、揺らめく色を表しているような「色と光のこころみ」。
平織という最もベーシックな織り方でありながら、そこで表現できるものの可能性を飽くことなく探求し続ける姿勢と表現への情熱を感じました。
経糸のキャンバスに緯糸の絵筆を自在に走らせているような作品もあれば、細かく計算されて作り上げられた作品もあり、一色の色だけの無地の作品もあり。
植物と対話しているような染めの作業、色とは何かという本質の探求、思想や哲学的な学びや深い思索、また琵琶湖を始めとする自然の美しさへの感動、文学や音楽など他の芸術作品から受け取るインスピレーションなどが一体となって、作品表現に流れ込んでいるように感じられる展示でした。
新しい表現に挑戦し、一つの作品にまとめ上げることでなされた仕事や作品群。情熱を持って物事に取り組む姿勢を見せてもらったような気がします。