味覚拡張の世紀
星新一に「味ラジオ」というショートショートがあります。
ラジオ局から放送された「味」が、みんなが噛んでいるガムに届くというアイデアで、食い意地の張った未来人像が妙に印象的な作品です。
この「味を送る」という一見荒唐無稽なアイデア、実際に研究が進んでいるようです。噛む力で電気を発生させる、その名も「電気味覚」。https://nge.jp/2018/12/03/post-140050
いずれは味覚を通して食事制限中の人間に味覚の楽しみを与えたり、味のエンタメ化を目指したりしたいそうです。
味覚は、「衣食住」を構成し、生活において最重要な要素でありなあがら、聴覚や視覚に比べて探索や研究が遅れてきた分野であるように思われます。
そもそも他の感覚に比べて「命に関わる」問題を抱えにくいことが、原因の1つなのかもしれません。
ところが最近、味覚に関する研究が発達すると同時に、AIを使った新しいサービスも登場しております。今回はその辺について書きたいと思います。
味覚の数値化
この分野で第一に挙げられるのは、産学連携の「味香り研究所」でしょう。
同社の開発した世界初の「味覚センサー」は、甘み・酸味・苦味・塩味・旨み・渋みの6つの指標を測定します。
参考:http://kanegae.net/commitment/mikaku
この分析技術を用いて、1.味の市場分析2.フードペアリングの提案3.商品開発サポートなどのサービス展開をしている模様。
現在、株式会社AISSYやアメリカのGastrograph社が同様の機器を開発し、類似サービスを提供しております。
AISSYの記事によると、イオン量によって測定しやすかった酸っぱい/塩味に加えて、医療技術を転用することで甘みも測定することが可能になったことが、味覚の数値化技術が進展させたようです。
技術の使用用途を転換することで新しい価値を生み出す、いい事例と言えるでしょう。
また角度は違いますが、アクタアメニティ社は画像解析によっておいしさを見える化するアプリケーションを開発しており、野菜の品質改善から、適正な価格設定におよぶ広範なアグリ産業への貢献が想定されます。
小売的レコメンデーション
味覚に関するデータが集まることで可能になること。
第一段階として思い浮かぶのは、今あるものから提案してくれる「レコメンデーション」ではないでしょうか。
SENSY株式会社と三菱食品が開発した「AIソムリエ」は、まさしく、ユーザーの嗜好を学び、レコメンドしてくれるサービス。
蓄積されたデータと、本人が入力したデータを元に、おすすめのワイン/日本酒/ビールをレコメンドしてくれます。
同社のレコメンデーション機能がアパレルやアルコールなど小売業界向けであるのに対し、「おいしさ」は更なるパーソナライズの可能性を秘めています。
おいしさ、完全にパーソナルな感覚
現在はアルコール類で実装されていますが、将来的には、惣菜やコンビニフード、或いはレストランなどは、ある意味小売的なレコメンデーション機能に似た機能が実装可能になるかもしれません。
自分の味覚を学習させることで、自分とこの料理がマッチするのか?の測定
が可能になるでしょう。
それより1つ上の次元にあるのが、自分で行う料理です。
調理とは既製品から選ぶ領域ではなく、自分で食材を組み合わせて作り上げる、謂わば完全にクリエイティブな領域にあります。
例えば、上記の6つの要素(甘み、苦味など)に加えて、おいしさの構成要素として「香り」の重要性を打ち出すのがニチレイです。
2020年9月末に同社がリリース予定のβ版アプリ「conomeal」は、香り、心理状態、味覚データを組み合わせて、自分に合ったレシピ提案を行います。
「食のパーソナライズ化が加速する」ことを予測しています。それを「おいしさ」について当てはめると、「みんなの最大公約数的なおいしさ」ではなく、「私にとってのおいしさ」が求められるようになるととらえています。参考:https://www.nichirei.co.jp/newbiz/biz002/
おいしさを追い求めることはまさに、「私にとってのおいしさ」という完全にパーソナルな感覚を求めることにつながるでしょう。
キッチンOS/キッチンIoT家電について
実際に調理する段階で、ユーザーの好みを学習して調理サポートしてくれる家電。そんなものも実は既に存在します。
例えば今年の8月に販売された「パーソナライズ抽出機能」を搭載したTeploティーポット。発売1ヶ月足らずで完売になる人気ぶりからも、注目度合いが見て取れます。
このティーポットは、ユーザーの体調(心拍数)やシチュエーション、周囲の温度や湿度に合わせて最適な抽出を行うスマート家電となっております。
また、Hestan Cueの販売するスマートフライパンはレシピと連動することで、加熱時間や温度を自動で調整する調理サポートを行います。
キッチンOSについての細かい情報は、またの機会に回したいと思います。
まとめ
味覚は人間にとって身近でありながら、その解明が遅れてきた感覚でした。
ところが近年、味覚の数値化や、味の好みをデータとして蓄積できるようになったことで、その人それぞれの「おいしさ」を追求できるようになりつつあります。
自分にあったレストランや食べ物のレコメンドから、自分好みの調理サポートまで、食にまつわる欲望は、これから大きなビジネスになっていきそうです。
一方で、味覚をシェアする、味覚をエンタメ化する、という方向性も見逃してはなりません。食べるとは、楽しむことでもあります。
先日、あまりに近未来的なノンアルコールバーが話題になっておりましたが、
逆に2日酔いしないアルコールの研究が進んでいたり。
そういえば、ここでは触れませんでしたが、分子ガストロノミーという
科学的/芸術的調理方法に注目が集まったのも、今世紀になってからのことでした。
全く、人間の欲望はどこまでいくのでしょうか。
「美とは可食的なものだろう」(サルバドール・ダリ )
すなわち、味覚とは美的なものである、と。