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課題設定:情報世界におけるヒトと文化の共進化

  -- 30年後の未来を読み解く第一弾:課題設定 --

 本節では、ヒトが今アウトソースした能力に着目して、次にアウトソースする能力について考えてみる。

 ヒトと文化(ノウハウ、社会習慣など)の共進化が、コミュニケーション能力を高めコストを下げて、集団規模を拡大する。インターネットは、「リアル世界」の制約を取り払い、不特定多数とつながるためのコストと遅延をほぼゼロとし、物理的スペースと複製コストがゼロの製品=コンテンツを無料で獲得できる「情報世界」を生み出した。

●インターネットのあちら側
 =「情報世界」の現状をふりかえる

 インターネットとWebが世界をつなぎ、権威に依存せずに誰もがコンテンツを作成して公開し、人々の才能を広め継承するための新しいコミュニケーション手段となる。大量の玉石混合のコンテンツが世界のどこかで誕生し、リンクとキュレーター(コンテンツを紹介する人)が良質のコンテンツを発掘する羅針盤となり、誰もがWebの波に乗って散策をはじめる。

 「世界中の情報を組織化(オーガナイズ)し、それをあまねく誰からでもアクセスできるようにすること」を目指すGoogleの登場が、インターネット世界のコミュニケーションを一変させる。検索ワードをもとにコンテンツへワープして周囲を見回す探索法は、広大なコンテンツ空間の中で目的をもったコンテンツ間の移動を可能とする。

 やがて、WebをプラットフォームとするYoutube、Facebook、Blogなどの舞台創造と閲覧の仕組みとiPhoneなどの観劇装置を通して、世界の情報を受け取り、意識し、ネットワークにフィードバックして記憶する、知覚と脳のアウトソースが浸透する。


●「情報世界」の経済圏

 インターネットのこちら側を「リアル世界」、あちら側を「情報世界」として分離して、「情報世界」に着目してその特性を確認しよう。

○ヒトの欲求と「情報世界」

 ヒトは自身の能力を道具、文化としてアウトソースして集団で分業することにより、欲求を満たすためのコストを下げ、より多くの欲求を満足するよう行動する。自動化により製品コストが低下し、衣食住の欲求が満足できるようになると、他者との関わりの中で居場所を求め、自己表現し、承認されることを優先するようになる。「リアル世界」では学校や会社などの組織に所属することにより欲求のターゲットを絞ることができるが、そこから踏み出すことができない閉塞感や大きな壁におおわれる。

 「情報世界」の登場はヒトの生活圏をいっきに拡大する。ヒトの有限時間を使い、「情報世界」の中で様々なヒトと出会い、自己を表現し、認められるチャンスを得るための新天地がひろがる。「情報世界」における労働(=コンテンツの作成、評価、アクセス)には、固有のギブ・アンド・テイクの関係がある。唯一の消費財は、ヒトの有限時間だ。


○「情報世界」における産業構造:

 「情報世界」の産業を概観すると、無償のボランティアによる共産社会などではない評価による価値交換の構造がみえてくる。

・一次産業: 情報の生産
 対価:アクセス数、より高い評価
 - コンテンツの生産
  Webページ、ブログ、音楽、映像、画像、ゲーム、広告、電子書籍など
 - コンテンツ間のつながり(リンク)の生産
 - コンテンツ閲覧履歴の生産

・二次産業: 加工情報の編集
 対価:アクセス数、より高い評価
 - 引用、加工・編集による二次コンテンツの製造
 - 興味をまとめ、良質のコンテンツを紹介するコンテンツの製造(キュレーターなど)

・三次産業: 情報流通サービスの提供
 対価:閲覧時間と閲覧履歴
 - コンテンツ、二次コンテンツの提案(検索、レコメンド等)

 「情報世界」の消費者は、自身の欲求を満足させるためにヒトの有限時間を支払い、興味のあるものを探し、閲覧する。

○価値の交換

 「情報の生産者」と「加工情報の編集者」はコンテンツを提供し、より良いコンテンツを提供したものが、より多くのアクセスや評価(いいね、★など)を対価として受け取る。

 「情報世界」の住民=閲覧者は、ヒトの限られた時間を割り当てる価値のある閲覧体験を常に探索する。情報流通サービス(Googleなど)は閲覧者が有限の時間を割り当てる「価値あるコンテンツ」の候補を提案し、閲覧者は興味を持ったコンテンツを閲覧することにより価値の交換を行う。

 ヒトが探索する行為を「情報世界」にアウトソースした結果、頭の中に隠れていた探索者たちの足跡(=閲覧履歴)をたどることができるようになり、それがあらたな価値を生みだすこととなる。情報流通サービスは、コンテンツ間のリンク、コンテンツの評価(★、いいね)、アクセス数などを集めてコンテンツを評価するために演算し、閲覧者の履歴から興味を推定して「価値あるコンテンツ」のリストを提案する。

人と情報流通サービス

         ヒトと流通サービスの共進化

 広大な「情報世界」における、コンテンツを介して市場化された価値交換のコミュニケーションは、動的に変化し脈動するネットワークと文化の構造を描きだす。


●集団とコミュニケーション
 、ヒトとコンテンツの共進化


 新しい道具によるコミュニケーションが、次の世代のリテラシー(表現能力)を育成する。インターネットでつながる大規模な集団とあふれる大量のコンテンツが、確率的に優れた才能をうみ、優れたコンテンツや発明を生産する。

 コミュニケーションツール(検索エンジンなど)が、価値あるコンテンツの発見と普及を促進し、淘汰圧がコンテンツをふるいにかけ、新しい文化の記憶・伝搬・学習をうながしていく。集団への文化の記憶手段が「情報世界」に移行したとき、空間と時間を越えてリアルタイムに記憶して共有することが可能となる。

 大規模な集団が確率的に生み出す多くの才能と、それを広め継承するためのコミュニケーション手段により文化とヒトの進化のサイクルが回り、そのサイクルが新しいコミュニケーション手段をうみ、集団規模を拡大するという共進化のサイクルが回り始める。「情報世界」におけるヒトと文化の営みは、かつてない規模の集団とコミュニケーションを発展させていく。

 ヒトは知識やノウハウをコンテンツにパッケージして文化として伝搬、継承する。情報空間の住人の間でかわされるコンテンツを介したコミュニケーションが、文化の伝搬、継承を促進する。ヒトの思考は成長過程におけるコンテンツの閲覧に影響を受けて変化し、ヒトの思考の変化が生成するコンテンツに影響を与えて共進化する。この遺伝子によらない進化の概念をドーキンスは文化的遺伝子=ミームと名づた。

 ヒトの集団がコンテンツを生成し、情報流通サービスというコミュニケーション手段を用いて「価値あるコンテンツ」を発見する。コンテンツやそのネットワークに集団で蓄積する知識やノウハウが「情報世界」の経済活動の多様性を生み、淘汰圧により洗練される。

 コンテンツとヒトの思考、集団規模とコミュニケーションの相互作用が編む共進化のサイクルが「価値あるコンテンツ」をうみ、集団の規模を拡大し、新しい流通サービスの創造がコミュニケーション能力を高め、コンテンツとヒトの思考の共進化を加速する。

文化とヒトの共進化

     ヒト、文化、集団、コミュニケーションの共進化


●課題設定

 「情報世界」におけるコミュニケーション、コンテンツ、ヒト、集団形成を支援し、共進化のサイクルを加速する道具のコンセプトを描くための課題を設定する。

○コンテンツの社会: あらたな情報流通サービス
 ヒトの脳をメタファーとして、「情報世界」におけるヒトのコミュニケーション能力(=情報探索能力)をたかめる道具について考える。

○メタコンテンツの生産

 「情報世界」はヒトをどのように進化させつつあるのかという視点から、自己表現する手段としてのコンテンツと道具について考える。

○複雑系に対する思考のアウトソース

 「情報世界」に適応するヒトの思考脳力の変化と、それを高めるためのアウトソースについて考える。

○マルチバース世界のプラットフォーム

 「リアル世界」、「情報世界」、「仮想世界」、多元化する世界で同時に生活するヒトの未来を支援するプラットフォームについて考える。

 以降、「リアル世界」のすべてがインターネットにつながりつつある現代から、その延長線にある30年後の未来、そこにいたる共進化サイクルを促進する道具のコンセプトを具体化する

参考書籍:
[1] 梅田望夫(2006), "ウェブ進化論 :本当の大変化はこれから始まる", 筑摩書房
[2] ジョセフ・ヘンリック(2019), "文化がヒトを進化させた :人類の繁栄と<文化-遺伝子革命>", 今西康子, 白揚社
[3] A.H.マズロー(1987), "改訂新版 人間性の心理学", 小口忠彦訳, 産業能率大学出版部
Abraham Harold Maslow(1954), "Motivation and Personality (Second Edition)", Harper & Row, Publishers, Inc.
[4] リチャード・ドーキンス(2006), "利己的な遺伝子 :40周年記念版 ", 日高敏隆, 岸由二, 羽田節子, 垂水雄二訳, 紀伊国屋書店
Richard Dawkins(1976/1989), "THE SELFISH GENE(30th anniversaty edition", Oxford University Pressq


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