ヒトと文化・メディアの共進化
1.「集団とコミュニケーション能力」の共進化へ
●人類進化の源泉,オルドヴァイ渓谷
今も続く進化のホットスポットのひとつ「アフリカ/グレート・リフト・バレー」。多くの哺乳類の進化をうながし,類人猿からヒトへの分岐は西リフト・バレーと東リフト・バレーに囲まれたオルドヴァイ渓谷にはじまる。
1000~500万年前,地下マントルの上昇によってアフリカ大陸を引き裂くように巨大なグレート・リフト・バレーの谷とそれを囲む高い火山がうまれ,そのいくつかから放射性元素を含むマグマが噴出する。
ヒトの祖先たちは,溶岩由来の栄養に富む土壌で繁殖する熱帯雨林に惹かれてオルドヴァイ渓谷に集まり,気づくと周囲を谷と火山に囲まれて渓谷周辺にとどまることとなる。
地形の変化による湿潤な時代と半砂漠化した時代を繰り返し,放射能を含んだ火山の爆発の脅威にさらされ,ゆっくりとサバンナ化する環境変化とともに生活様式と身体を適応させていく。そして,オルドヴァイ渓谷周辺が人類進化の実験場となる。
●集団とコミュニケーション能力の共進化
440万年前,サバンナ化によって果物の獲得量が減少する時代において,一人の妻と少人数の家族を養って子孫を残すという選択をしたラミダスのなかで,家族のために食物の採集能力をもったものたちが生き残る。
やがて,地面をこえる先にある森林から果物を採取するため,両手でかかえて果物を持ち帰るものたちがあらわれる。果物をかかえる移動を繰り返すうちに,足を使いより多くの食料を運ぶことができるものたちの子孫が増えて直立二足歩行を獲得する。
370万年前,サバンナ化の進行とともに食料をもとめて草原に進出し,豆や草の種,葉や茎のほか,地中の根や球根,昆虫,動物の腐肉などさまざまな食べ物にチャレンジする。
草原に出ることで肉食獣に襲われる危険が増え,二足歩行で目立つにもかかわらず足が遅く戦うこともできない。ヒトの草原への進出は,複数の家族が集まって数十人の集団で行動するという,「集団とコミュニケーション能力」の共進化とともに100万年以上の長いときをかけて徐々に進められていく。
2.残念な進化が前頭葉を拡大する
生物進化において,生き残る確率を高めた能力がプラットフォームとして残りその上にさまざまな能力を積みあげて,ときに辻褄あわせを繰り返しながら生き残ったものが今にいたる。
ヒトの「直立二足歩行」は,サバンナ化する環境で家族を養うために優位だが,その選択がさまざまな課題をうむ。その典型的な課題が,他の哺乳類にはみられない「難産」だ。
「直立二足歩行」のために産道がS字に曲がり,歩くために発達した筋肉が出産のじゃまをして死の危険をおかす難産となる。脳容量の増加にともなう頭の巨大化が難産に拍車をかける。「難産」を避けるために,頭も体も未熟なうちに出産するようになり,親がいつまでも子供の面倒をみることで家族の絆がさらに強まり,長い期間をかけて学習できるようになる。
両手で食料を運べるようになったことは,家族を養うために優位にはたらく。そして,見知らぬ食べ物を開拓する「好奇心」が優位となり,チームで協力して獲物を長距離で追い詰めるなどサバンナでの狩猟採集のテクニックを高め,さらに「直立二足歩行」を鍛えるものが優位となる。肉食などにより豊富な栄養を取得できるようになり,大量にエネルギーを消費する「脳」を成長させる。
「二足歩行」と「脳」の発達の優先が,サバンナにおいて脆弱すぎる身体をつくり,集団での狩りを余儀なくさせる。それを補うために高度なコミュニケーションを発達させ,その選択が「二足歩行」と「脳」を発達させる。
「二足歩行」は性器を隠してしまう。性器が隠れてしまうと発情期を検出しにくくなり,やがて発情期を喪失する。発情期がわからない状態でパートナーを探さなければならなくなり,双方の「コミュニケーション」によって交尾の意思表示ができたものが生き残る。
「二足歩行」「栄養獲得」「集団形成」「コミュニケーション」「脳」の共進化サイクルがぐるぐると回った結果,「脳」をさらに巨大化していくこととなる。
「脳容量」は,440万年前のラミダスが300ccでチンパンジーの400ccよりも少ない。さらに250万年かけて2倍に(ハビリス),次の100万年で3倍に(エレクトス),それからわずか80万年後の20万年前に現代人=ホモ・サピエンスが5倍の脳を獲得する。長い辻褄あわせの共進化サイクルをへて,脆弱な体を補う特殊な「脳」を獲得したのがヒトという動物だ。
3.「ヒトと道具」の共進化
生命は環境変化に対処し,世代を超えて記憶する手段として「遺伝子」と「進化」の仕組みを構築した。そして,ヒトは環境変化に対処し,世代を超えて記憶する手段として「ヒトと道具」の共進化の仕組みを構築する。
●「脳」と「道具」の共進化
「好奇心」が新たな環境への進出をうながし,変化する環境に「道具」を使って適応する。「道具」は環境変化に適応する手段としてだけでなく,世代を超えて受け継ぐ記憶手段でもある。「道具」の利用方法は「道具」を介して大人から子供に受け継がれ,また「道具」を利用するものによって「再構築」「改良」される。
「道具」はヒトの能力を拡張するとともに,エネルギーを効率的に利用するために「身体」の進化をうながす。特に,「道具」をより良く活用し,新しい「道具」をうみだす「脳」の仕組みを獲得したものが,豊富な栄養を獲得して生存する。「脳」は生存のために有益な内外情報の統合・翻訳・編集・フィードバックのための「感情」,「知性と論理」,「愛情」,「創造と美意識」「記憶」を徐々に獲得し,「道具」を使って得たエネルギーがそれをささえる。
「脳」が新たに獲得した脳力は,新たな「好奇心」をうみ行動領域を拡大し,新たな「道具」をうみだす。「愛情」・「感情」がそれを欲し,「創造と美意識」がそれを発想し,「知性と論理」がそれを構築し,それの利用方法を「記憶」する。「道具」と「脳」の共進化がやがて家族への愛情を深め,集団での狩りを効率化し,ついには宗教や音楽や会話によって団結力を高める。
●ヒトと道具が紡ぐメタ進化
4.「ヒトと文化・メディア」の共進化
集団内で技術や社会習慣などの文化・メディア(道具)を記憶・学習する能力を得たことがサルからヒトへの分岐点となる。老人の知恵や道具として維持し継承する文化・メディアの記憶は,集団としての新しい生命進化の手段となっていく。
●「ヒトと文化・メディア」の共進化
ヒトが創造するものは道具・技術だけではない,調理方法や言語,獲物や脅威に対する知識,狩猟や調理などのノウハウ,集団を円滑に運用するための社会習慣や社会規範,宗教,芸術がある。これらの集団で獲得し継承するものを総称して「文化・メディア」と呼ぶこととする。
ヒトと文化の遺伝子は,共進化の関係にある。例えば,調理とヒトについて考えてみよう。
この循環を繰り返すことにより,ヒトと調理は共進化する。
ヒトの進化が新しい文化・メディアをうみ,新しい文化・メディアがヒトの進化を促進する。
「ヒトと文化・メディア」共進化の例:
●「集団の規模」と「コミュニケーション能力」
ヒトが文化・メディアを形成・維持するためには,「集団の規模」と「結びつきの強さ=集団のコミュニケーション能力」が必要条件となる。
石器の発明について考えてみよう。旧石器時代の初期に,鋭利なナイフのような石器をつくる大天才が1人いたとする。しかし,その技術を受け継ぐものがいなければ,うみだされた新石器はただの宝物でしかなく,壊れてしまえば技術は失われてしまう。
新しい技術文化・メディアが維持されるためには,
「技術を創造するもの➡その技術を代々受け継ぐもの➡その技術を代々使いこなすもの」が必要となる。
創造者・継承者・使用者が発生し,時空間上で出あう確率は「集団の規模が大きく,集団内でのコミュニケーション能力が高い」ほど高くなり,新しい文化・メディアをうみだし維持するために優位となる。
集団の規模が拡大するということは,その集団にヒトが集まり養える生存優位性があり,何より獲得・維持するエネルギー源が豊富に存在するということだ。
そして,集団の規模拡大の限界は,集団が保有する文化・メディア水準により得られる食料の量と集団の円滑な運営状況により決定される。
集団の規模は,集団内のコミュニケーション能力が高く構成メンバー間の結びつきが強くなければ維持できない。集団のコミュニケーション能力もまた,構成メンバーの規模と密度に応じて言語・楽器・通信・交通などの文化・メディアの成長にともない進化する。
「集団の規模」と「コミュニケーション能力」が「ヒトと文化・メディア」の共進化サイクルを回し,
新たな「文化・メディア」が継承されて「集団の規模」と「コミュニケーション能力」を強化する。
●文化・メディア習得マシンとしての集団脳
文化・メディアが進化するためには,文化・メディアの記憶や学習のための習慣や感情が必要となる。これらは,集団のなかでどのようにしてうまれるのだろうか。
日常生活に関するノウハウや生き残るための最小限の知恵は,集団の最小単位である家族を単位として記憶し,個人にきざまれ,次世代に継承する。
狩猟採集や調理などのスキルや習慣を習得,蓄積,整理する能力を向上したものは,より生き残りやすくなる。霊長類から受け継いだ支配者に従う心理や習慣をベースとして,生存に有利な脳力が選択され,積みあげられていく。
これらを実行するための脳力を獲得したものが多い集団が生き残り,その繰り返しにより文化・メディアを記憶し学習するための能力や習慣を集団で獲得する。集団が保有する文化・メディアは集団毎に異なり,それを維持することが集団にとって有利となることから同族・民族意識がうまれる。
こうした営みの繰り返しがヒトのライフサイクルにも影響を与える。
集団における文化・メディアの記憶を継承して再構築することにより,世代を超えて文化・メディアを継承し伝搬していく。
●加速する共進化サイクル
「ヒトと文化・メディア」,「集団規模とコミュニケーション能力」の相互作用が編む共進化のサイクルが集団に優位な文化・メディアをうみ,集団の規模を拡大し,新しい文化・メディアの創造がコミュニケーション能力を高め,文化・メディアとヒトの共進化を加速する。
相互に依存し促進しあう「ヒトと文化・メディア」と「集団規模とコミュニケーション能力」の共進化サイクルが,
「文化・メディア」の進化を驚異的なスピードで加速する。
●「文化・メディア」へのアウトソースによる高速進化
ヒトは能力や脳力を文化・メディアにアウトソースすることにより,集団のなかに時空間をこえて知識と知恵を記憶する。そして,外部環境に適応して集団を優位にした文化・メディアが,生存競争に勝利して後の世に伝えられる。
ヒトは遺伝子によらない,後天的な進化の手段を獲得した。文化・メディアを文化遺伝子(ミーム)として継承するヒトは,文化・メディアへの能力や脳力のアウトソースによって,10年,100年単位での急速な進化を可能とする。
集団規模拡大の壁の内側で,道具と調理法を工夫し,言語の語彙を増やし,文法を整備・複雑化して表現力を増し,知識を整理し,社会規範を整備し,宗教を広め,組織構造を整備してコミュニケーション・ネットワークを張り巡らせて次の共進化爆発のときをまつ。
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