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自らの資本を活かす聴き力2

経験上で「納得した!」と満足出来たことは無いだろうか?相手の主張がビジュアルとして浮かび上がり、相手の主張が自らを何処に、どのように誘っていくのかが時系列で浮かび上がって来た時、理解を超えた納得の状態となる。相手の表現を自らの語彙の辞書に照らし合わせ、一言一句逃すことなく繋ぎ留め、「貴方の仰ったことは『こういうこと』ですね」と、比喩によって簡便に返答でき、その返答に相手も納得出来た時、お互いが共通の理解に至った状態と言える。この「相手の言語体系と自らの言語体系を等価置換することで、自らのビジュアル空間に投影しながら、その等価置換の正しさを簡潔に相手に確認できる力」が聴き力である。自らが解釈出来たという次元においては、相手の主張を正確に把握できたのかどうかは不明のままである。
 
この能力は、対話における相互理解において極めて有効な能力であるだけでは無く、ファンドを獲得するための申請書作成においても有効に働く。公募要領を読み解く際、勝手に「この解釈で合っているに違いない」と解釈され申請されたと思われる申請書に数多く出会ってきた。相手の表現を自らの価値観で評価し、等価置換では無く自らが理解できる言語範囲において置換することで、意味の取違いが発生する。対話時であれば相手への確認時に「そうでは無い」と解釈の変更が求められ、それが繰り返されることで相互共鳴の状態に到達可能だが、書面のやりとりにおいてはそれは成し得ない。熟達者の支援が得られるのであれば、その力を謙虚に借用するのが良く、その際には、自らの評価と判断を留め置き、自らの言語体系を改める気持ちで拝聴することが必要である。この拝聴の繰り返しこそが聴き力の向上の唯一の手法であって、「聴き力」を自らの機能として認識できるようになることに繋がる