不登校児の幼稚園時代
心療内科は幼稚園、小学校の時もかかった事がありました。
幼稚園の年長さんの5月、ある日 顔がユラユラ揺れて、
口をポクポク鯉のように動かしているのを見て
初めてかかりました。
お医者さんには、前年には口の周りが赤くなるまで舐める、その前の年は指しゃぶりがあったので、新しい環境で自分を落ち着かせる為に口の周りに症状が出やすいのね、言われました。達成感を持たすよう言われました。
チックでもないそうです。
薬などは出ず、
1ヶ月で自然と治りました。
原因は多分私が厳しかったのと、弟が生まれて寂しかったからかもしれません。
その時も私は娘が壊れたと絶望し、泣いたのですが怒られるのがストレスだったのかもしれないと
、もう怒るのを辞めたのです。
その時の年長さんの担任の先生はとても良くしてくれて、
娘の性格を理解し沢山褒めてくれました。
それまでは毎年毎回参観日に行くと、工作を皆しているのにずっとドアの裏に隠れて出てこなかったり、園庭で運動会でやったバルーンをみんなで披露しているのに参加しないでいたり、1人離れてカエルになって飛んでたりしていて、それを見るとなぜうちの子はやらないのだろう…と暗くなっていたのですが、その先生の年の参観日は違いました。
娘は子供たちや保護者の前に出てみんなにクイズを出していたのです。
驚愕しました。
凄いなこの先生はと、大好きになりました。
私はこの先生のお陰で1ヶ月で治ったのだと思っていて、大変感謝しています。
そしてその後息子もこの先生が担任になり、卒園と同時に先生も退職されました。
私は、この先どうしよう、ずっと治らないのかなと不安でいっぱいの時に助けてくれた先生と最後なので
、学級でお母さん達が順番に一言ずつ挨拶する時に泣いてしまいました。
そしてその後、娘が小学校や中学校で登校拒否になる度に私はこの先生のことを思い出していました。
そして6年が経ち、最近バッタリ産婦人科でお会いできたのです。
私が会計待ちしていたら女性が声をかけてきて、
それが先生でした。
先生はそこで赤ちゃんを産んで1ヶ月検診でいらしてたのです。
とてもびっくりしました!
あれから事務の仕事をして、その後また保育園で働いていて、その後結婚して今は里帰り出産でこちらに来ていたということでした。
あれからの子どもの様子を聞いていただいたり
最近の写真を見ていただいたりして
本当に嬉しかった!です。
困る度に先生を思い出して会いたかったんですとも伝えました。
先生もニコニコと嬉しそうでした。
会いたい人には会えるんだなと感じました。
今書いていても幼稚園当時を思い出して涙が出ます。
私達お母さんて、その時その時本当に一生懸命やってますよ。
だからこそ、お母さん1人で何とかしようと抱え込まず、周りの誰かがお母さんの事もサポートしないと 、と私は思っています。
困った時は誰かを頼る、聞いてもらう。
誰かが必ず助けてくれます。
だから一人で頑張らないでくださいね。
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