オオシマさんがいない、からつまらない
ここのところオオシマさんを見かけない。
オオシマさんはいつも向かいのホームに立っていた。
初めてオオシマさんを見かけたのは今年の1月。いつも利用する鉄道会社のダイヤ改正に伴い、通勤電車の時間が少し変わった。そのタイミングで私は電車を待つホームの位置を変えた。
ホームの位置を変えるのは少し勇気がいる。毎朝、最寄り駅のその時刻に顔を合わせるのは大体同じ人達。何もないのに乗る位置を変えると「あの人、昨日まであそこに立ってたのに」と思われ兼ねない。
たまに毎朝、違う位置から乗る人を見かけると「乗車位置難民かな?どの車両が1番快適か模索中なのかな」と勘繰ってしまう。
学生が多い車内。私は高校生が背中に背負う巨大リュックサック攻撃がストレスで、最も学生が少なそうな最後尾の車両へと乗車位置を変更した。
(高校生はリュックを背負ったまま前掛けにもしてくれない。リュックは超巨大で、人の横幅以上ある。1人立っているだけで車両の中の方が空いていていても中に入る事ができない。おまけに入り口付近にタムロしている事が多い)
私が乗車するホームの最後尾は、向かい側のホームの先頭車両にあたる。その先頭車両で列車を待つ人の中にオオシマさんはいた。
オオシマさんは本当はオオシマさんではない。私が勝手にオオシマさんと呼んでいる。初めて見た時に森三中の大島さんに似ている、と思ったから。
ショートカットでラウンド型に切り揃えられた前髪と顔立ちが、大島さんを連想させた。
オオシマさんは30代くらい。おしゃれな人で、ナチュラル系の着こなし上級者。
髪の毛は所々に金のメッシュが入り、いつも寝ぐせひとつなく、つるんと美しく整えられている。
夏の間はTシャツやブラウスにバルーンパンツやロングスカートを合わせていたが、同じトップスを着ているのを見たことが無いので、恐らくかなりの衣装持ち。
靴はスニーカーが多いけど、たまにサボ風のサンダルを履いている。
鞄はキャンパス地の大きめトートバッグ。これも何種類か持っている。
たまに見かけない日もあるので、シフト制の勤務か、アルバイトなのかもしれない。
あのオシャレ度からして、服飾、雑貨、家具などの販売員さんでは無いかと睨んでいる。
でも、いつも携帯を触るでもなく、ホームでただ電車を待つオオシマさん。少し引っ込み思案で大人しそうな気もするので、接客業では無く、デザイン系のお仕事かもしれない。
私は職場に着くと全身着替える。家に帰ると家着になるので、平日、私服を着ている時間は2時間にも満たない。
電車に乗るとは言え、都会に向かうわけでは無く、田舎方面に向かう。田んぼと住宅街の中を歩くだけの通勤服に労力をかけなくなった。
ほぼ制服化し、洗濯して乾いたものを着ていくので、2〜3着を着回している。
でも、オオシマさんに見られても恥ずかしく無い格好でいたい。
たまに、帰りに出かける時や、気分を上げるためにお気に入りの服を着ていく事がある。その時は「オオシマさん、こっち見て。今日はいつもと違ってお気に入りの服を着てるんです」と心の中で話しかる。
ある日、私は髪の毛を切った。
4本のレール越しにオオシマさんと目が合った。
オオシマさんは一瞬、目を大きく開き「ハッ」とした表情を浮かべた。
その時私は、オオシマさんが私のカットに気がついた!と確信をした。
オオシマさんも私に気がついているのでは無いか、と嬉しくなった。
ところが10月に入り、オオシマさんを見かけない。ホームの所定の位置に立つと、向かいのホームを真っ先に確認する。
でも、オオシマさんはいない。
オオシマさんがいない朝の駅のホームはつまらない。楽しくない。
オオシマさんのファッションチェックが私の唯一の楽しみだったのに。
オオシマさんが、どこかで元気に過ごしていますように、と毎朝ホームに着くたびに思っている。