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あの娘がやってきた(1,737字)

あのが初めて僕のところにやってきたのは今から15年ほど前。
正確には、あのはそれ以前にも僕の前を通り過ぎていた。僕があのの存在に気がついていなかっただけだ。

例えば、いつも通勤で使う最寄駅。ある日、向かいのホームに素敵な女性を見つけたとする。でも実は彼女はもう何年も前からその駅を使っていたし、毎日同じ時刻にそのホームで電車を待っていた。髪をバッサリと切り、綺麗な色のコートを着ていたから、偶然その日、視界に入ったのだ。
そういうのと同じだ。

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昔から、あのの噂は聞いていた。でも僕には関係ないと高を括り、あのの話を聞いても「ふーん。大変だね」とまるで他人事だった。
そんな僕のことが癪に触ったのか、あのは僕のところへやってきた。

出会った頃のあのは控えめで大人しかった。初めて会う僕に遠慮していたのかもしれない。少しはにかんで会釈をした。誰かに会いに来たついでに僕に会釈をしたのだろう。そう思っていた。

次の年、あのはまたやってきた。まさか、僕に会いにきてる?
2年続けて会釈を交わしたくらいで、自分のところにやって来たと思うなんて、自惚れも甚だしい。僕は気になりつつも、このことを誰にも話さなかった。

でも、そんなことが4、5年も続いた。これはただの自惚ではないかもしれない。あのの目当ては僕なのかもしれない。
あのがどう思っているのか、確かめたくなった僕は人伝ひとづてに確認した。

結果…あのの目当ては僕だった。

「あのには僕も(私も)手をやいている」
これまで出会った1/3くらいの人はそう話す。僕はこれからの人生をあのに振り回されるのか。やれやれ。

でも僕は分かっている。あのだって好きで人を振り回しているのではない。あのが生きていくためには仕方のないことなのだ。

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僕はなるべくあのに振り回されないように、毎年1月になると万全の対策を施している。

あのに在宅が知れないように洗濯物はベランダに干さず、部屋干しにする。
外を歩く時は常にマスクとメガネで変装し、僕だと悟られないようにする。
あのはすれ違いざまに悪戯をする。突然の悪戯でダメージを受けないように飲み薬を飲む。あのに会う2週間くらい前から予防的に飲み始めるといいらしい。
あのの悪戯は目にも刺激になる。飲み薬と同じでこれも2週間前からさし始める。
しかし、これだけの対策をしても、あのの影響はいくらか受けてしまう。僕は大量の柔らかティッシュを買い込んでその時に備えておく。

そして先週のはじめ、あのはやってきた。

すれ違いざま、僕は大きなダメージを食らった。鼻水の洪水が突然はじまり、慌ててティッシュで押さえた。そして何度も鼻をかむ。永遠に止まらないのではないかと思うほどにその鼻水は続き、お気に入りの机の上は、湿ったティッシュで埋め尽くされた。
そして、ひどく喉が痛んだ。蜂蜜と白湯で喉を潤すも、声は掠れたまま治らない。
そんな調子が1週間も続いた。

あれだけ抜かりなく準備をしたにも関わらず、僕は例年以上のダメージを受けた。あのの能力が増し、いつもの変装ではバレるし、薬もあまり効かなくなっている。

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同僚のSさんも、毎年あのに振り回されている。
先週、僕は大きなダメージを受け、何度も鼻をかんでいたのに、Sさんは平然としていた。
「あのじゃないんじゃない?」
Sさんは唐突に言った。

調べてみるとあのはまだ殆ど姿を見せていないらしい。あのでなければ誰なんだ?僕にこんなにもダメージを与えているのは。
あのの情報と共に、あいつの情報が載っていた。あいつはもう、結構な勢いでやって来ているらしい。

あののせいだとばかり思っていたけど、今回の僕のダメージはあいつのせいだったのかも知れない。














あの=スギ花粉
あいつ=PM2.5

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