雨の日の醤油焼きそば  「夏の庭 ―The Friends―」湯本香樹実

 祖父は国鉄マンだった。
JRになってからも九州の小さな駅で副駅長や駅長を務め、3人の子を育て、自らが勤める駅の近くに家を建てた。
もっとも私が物心つく頃にはとっくに定年退職していて、隠居生活を営んでいた。
盆と正月に帰ると大変喜んで出迎えてくれた。
その祖父が死んだという知らせが来たのが、小学校1年生のバレンタインデーだった。
その少し前、正月に帰った時は入院していて、ベッドから起き上がれない状態だった。
がんだった。
私は鼻に管をつけて、こちらを見ながら精一杯微笑もうとしている祖父の姿に何だか怖くなって近づく事ができなかった。
幼いながらも「おじいちゃん」に死が迫っている事を感じていた。
祖父は一時退院した我が家で祖母に看取られながら息を引き取った。
葬儀の日は雨だった。
子供だった私にも葬儀の雰囲気の厳かさは理解していて、神妙な気分で迎えていた。
周囲の大人達が気を遣い、私に途中で晩御飯に行くよう促した。
斎場でのご飯が何時になるか分からないし、お腹が空いているだろうから食べに行かせてあげてという事だった。
母と連れられ立ち寄った小さな店。そこで醤油味の焼きそばを食べた。
もやしと豚肉が載った、醤油味の中華風焼きそばだ。
外は雨が降る中食べたあの濃い味を、私は今でもどこか懐かしく覚えている。

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