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誤字審査【#毎週ショートショートnote】

文豪AIと天才作家

彼は作家志望だった。というより、妄想作家といった方が正確かもしれない。誰よりも独創的で、何よりも面白い小説を書ける――彼自身がそう信じていたのだ。しかし現実は甘くなかった。投稿するたびに返ってくるのは「惜しいところもあるが、全体的に雑」という冷たい審査員のコメント。

「雑だと?」
彼は頭を抱えた。何度も読み返しても、自分の作品のどこが雑なのかわからない。いや、わかるはずがない。自分の文章は村上春樹の滑らかさと夢野久作の狂気を同時に兼ね備えた、まさに文学界の新たな金字塔だと信じているのだから。

だが彼は心配性でもあった。「もしかして、自分の気づかない誤字脱字があるのでは?」その不安が頭を離れない。そこで彼は特殊なAI校正ソフトを購入した。少々高額だったが、「文豪モード」という設定があり、自分の作品を「文学的に」校正してくれるというのだ。

期待を胸に、彼は最新作の原稿をAIに入力した。画面に浮かび上がるのは、丁寧に赤線が引かれた文章。だが、修正提案を見るたびに彼の不満は募った。
「ここを削れ?『混沌たる宇宙の囁き』のどこが冗長だというんだ!」
「え、『孤独な影が微笑む』が意味不明?素晴らしい表現じゃないか!」

文豪モードとは名ばかりで、AIも結局凡庸な感性しか持たないのだと、彼は結論づけた。そして、すべての修正提案を無視して原稿を完成させ、再び出版社へ送った。

それから数週間後、驚くべきことに返事がきた。「大賞候補」という信じられない知らせだった。彼の興奮は頂点に達した。「ついに時代が俺に追いついた!」

授賞式の日、彼は壇上に立ち、感無量で受賞の喜びを語った。その瞬間、会場の巨大スクリーンに彼の原稿が映し出された。しかし、そこに映っていたのは、見覚えのない内容だった。AIが提案した修正案が、すべて反映されたものだったのだ。

呆然とする彼に、司会者が尋ねた。「素晴らしい文章ですが、特にこの『静謐なる無限が微笑む』というフレーズ、どうやって思いついたんですか?」

彼は答えられなかった。その日から、彼は二度と「文豪」を自称することはなかった。


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