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【オマージュ】伴奏者【星新一ショートショート】

星新一先生のショートショート「伴奏者」の内容紹介を兼ねてオマージュ作品にしてみました。(《おっせかいな神々》収録作品)

✨️朗報✨️Audibleでも(やっと)視聴できるようになりました!


脚本家の夜

昼の暑さがようやく和らぎ、開け放した窓から夜風がほんのり涼しさを運び込んできた。田舎町の外れにある古びた一軒家。そこに住む男、三浦は、机に向かい煙草の煙を燻らせながら頭を抱えていた。職業は脚本家。締め切りの迫るミステリー映画のシナリオがまったく進まず、気持ちばかりが焦っていた。

「何か刺激的な事件でも起こらないと、どうにも筆が進まないな……」

三浦は立ち上がり、キッチンの隅にあるコーヒーメーカーに手を伸ばした。やがて漂い始めたコーヒーの香りとは裏腹に、彼の顔には深い倦怠の影が漂っていた。時計は夜の10時を示している。耳を澄ませば、静かな夏の夜に虫の音だけが響いている。

そんなとき、玄関のドアがノックされた。

「誰だろう……こんな時間に?」

三浦は訝しげにドアへ向かった。「どなたですか?」と声をかけると、戸外から返ってきたのは若い女性の声だった。

「すみません、助けてください……追われているんです……」

ドアを開けると、女性が息を切らせて飛び込んできた。彼女は20代半ばと思しき華奢な女性で、美しいがどこか不穏な雰囲気を纏っていた。

「追われているって、誰に?」三浦が尋ねると、彼女は小さく震える声で答えた。

「わからないんです……ただ、あの男が私を見つけたら何をされるか……」

彼女の怯えた様子に、三浦の中の警戒心は次第に薄れていった。「ここに隠れていてもいいですよ」と言うと、彼女はほっとしたように微笑んだ。その笑顔には一抹の不気味さがあった。

しばらくすると、再び玄関にノックの音が響いた。三浦がドア越しに「どなたですか?」と声をかけると、今度は若い男の声が返ってきた。

「すみません。青いスカートを履いた女性を見ませんでしたか?」

三浦は瞬間的に迷ったが、背後で女性がナイフを取り出すのが視界の端に映った。刃先がこちらを向けられるのを感じながら、彼は仕方なく「いえ、見ていません」と答えた。

男は礼を言い、足音を遠ざけた。女性はナイフをしまい、「ありがとうございます」と三浦に向かって言った。

緊張感が解けると、女性は突然に微笑みながらこう言った。「先生の書く脚本にぴったりのアイデアを提供したと思いません?」

「……どういう意味だ?」

「実は私、女優なんです。この記事を読んで先生の作品に出演したいと思って――」と言いながら、彼女は一枚の映画雑誌を取り出した。そこには三浦のインタビュー記事が載っており、「異常心理を扱ったスリラーを書きたい」という彼のコメントが大きく見出しにされていた。

「つまり、全部芝居だったのか?」

彼女は得意げに頷いた。「どうでした?私の演技、真に迫っていたでしょ?」

三浦は苦笑した。確かに騙された。しかし、不思議と怒りは湧いてこなかった。それどころか、彼の脳裏には鮮やかなストーリーの展開が浮かび上がっていた。

「確かに君の演技は素晴らしかったよ。いい筋書きが浮かんできた。君も役者として向いているかもしれないな。」

二人は夜が更けるまで話し込んだ。三浦は再び創作意欲を取り戻し、女性は自信に満ちた笑顔を浮かべて帰っていった。

しかし、彼女を見送った後、再び玄関のドアが叩かれた。

「どうしました?」

現れたのは、先ほどの男だった。彼は深刻そうな顔で言った。

「さっきの女性、本物なんです。精神を病んでいて、周囲の人に危害を加えることがあるんです。」

三浦は言葉を失った。男は続けて言った。

「彼女に何か言いませんでしたか?何かを暗示するような……」

三浦の背筋に冷たい汗が流れた。「大丈夫だ」と自分に言い聞かせたが、その夜、彼は一睡もできなかった。

彼が書き始めた新しい脚本は、ある異常心理を抱えた女性が主人公だった――そしてそれは、現実との境界を曖昧にしながら進行する物語となっていった。

出典:おせっかいな神々/星新一


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