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もじもじ社【#毎週ショートショートnote】

新しい就職先に選んだのは、少々風変わりな会社だった。
ビルの入り口には「もじもじ社」と大きく書かれている。社名が奇妙なことに加え、求人募集の条件がさらに不可解だった。

「もじもじできる方、大歓迎!」

面接では、具体的な仕事内容については一切明かされなかった。
ただ、「あまり目立たない方が向いています」と言われ、採用が決まった。初出勤の日、社員たちは皆一様に小さな机に向かい、背中を丸めて何かに集中していた。

自分の机にも「作業指示書」が置いてある。内容はこうだ。

「文字を補充してください」

はじめは意味が分からなかった。
しかし、隣の社員の作業を覗き見て理解した。彼らは新聞や書籍、広告など、あらゆる媒体の文字を少しずつ削り取り、別の場所に移動させている。

「なぜそんなことを?」と疑問に思ったが、聞いてはいけないような空気があった。先輩社員は言った。

「世の中、文字が多すぎると読みにくいだろう?うちは過剰な文字を整理して、世間が快適になるようにしているんだ」

どうやら、文字が無駄に多い部分から削り、必要なところに移すというのが仕事の本質らしい。実際に手を動かしてみると、特定の雑誌の長い記事から一文字ずつ引き抜いて広告の見出しに移したり、SNSの投稿から余計な言葉を削ったりする作業だった。

慣れると妙なやりがいを感じるようになった。
「この看板、スッキリして見やすくなったな」「この本のテンポが良くなった」と実感できる瞬間が嬉しかった。

だが、ある日、思いもよらない大きな問題が発生した。急な指示で、誰かが有名な歴史資料の肝心な一節を削除してしまったらしい。
その資料には本来、「〇〇大名は降伏を選ばず、壮絶な最期を遂げた」と記されているはずだった。ところが、「降伏を選ばず」の部分が消されてしまったことで、大名の高潔な最期が台無しにされてしまったのだ。この事態に国中の歴史愛好家が激しく動揺し、大騒ぎとなった。

「絶対に外部には漏らすな!」と上司が叫ぶ。
社内は緊張感に包まれたが、同時に誰もが胸を撫で下ろしていた。
外部に「もじもじ社」の存在を知られることだけは避けなければならない。

だがその夜、新聞の見出しに小さな誤字が一つ増えていた。

「もじもじ者、大暴露か?」

社員たちは顔を見合わせ、恐怖に包まれた。どうやら、誰かが社の存在を知り、逆に文字を「補充」し始めたようだ。しかもそれが広がりつつある。

翌朝、上司の表情は青ざめていた。

「……会社は解散する。今後は絶対にこのことを口にするな。さもないと、次に削られるのは……」

言葉の最後が消えたような気がした。


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