迷信はカルトより強し【ショートショート】
これは、ある地方紙の記者が調査中に知り合った女性から聞いた話だ。
話の核心に触れる前に、まずその教団について触れておく必要がある。その教団は、かつて世間を震撼させたカルト団体の系譜を引くもので、奇妙な儀式と閉鎖的な共同生活が特徴だった。外部との接触を厳しく制限し、教義に反する考えを持つ者は「未熟な魂」として集団内で糾弾される。そんな場所に、若い女性が迷い込んだのだ。
彼女は家族との不和から逃れるように教団に入り、「浄化」という名の労働や瞑想に没頭していたという。しかし、ある夜、幹部のスピーチを聞くうちにふと疑問がよぎった。「絶対の教義」とされる教えが、その場しのぎの言葉に聞こえたのだ。それからというもの、彼女は教団の矛盾に気づいてしまった。食事中の会話、夜の祈り、誰もが疑問を抱くことなく従う姿に、自分が異物である感覚が膨らんでいった。
一人で考えを巡らせる日々が続き、彼女はついに脱会を決意した。そして、公衆電話から両親に連絡を入れる。「教団を抜けることにした。明日家に帰るから」と。
しばらくの沈黙の後、受話器の向こうから父親の声が聞こえた。「帰るのはいい。でも、明日はやめておきなさい。その方向から来るのは方角が悪い。日にちも悪いんだ。来月にしろ。さもないと、ろくなことが起きないぞ。」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。心の中で抱え続けてきた葛藤を振り切り、勇気を振り絞った末の決断だった。それが、「方角」や「日にち」といった理由で拒まれるなんて。父の言葉は、彼女の中に眠っていた怒りと絶望を呼び覚ました。
電話を切った後、彼女はぼんやりと受話器を見つめていた。教団を離れたところで、自分の居場所などどこにもないのではないか。血の繋がった家族さえも、自分をまともに受け入れてくれないなら、この「教団」の中で生きるしかないではないか。
翌朝、教団の集会に顔を出した彼女は、前日までとは打って変わって意欲的な姿を見せた。幹部たちはそれを喜び、「彼女が教団に忠誠を誓う覚悟を固めた」と解釈した。その晩、教団内で行われた儀式の中、彼女は無表情のまま、深々と頭を下げていた。
それからしばらくして、地方紙に小さな記事が掲載された。あるカルト教団の信者が、教団内で突然倒れ死亡したという内容だった。死因は過労とみられる。記事には、彼女の名前が小さく記されていた。彼女が両親に電話をした日から、ちょうどひと月が経っていたという。